verymuch8’s blog

先に申しますと、保険をかけてるというより、誠意表現ですが、ここに書いてある記事は、役に立つ事実はほとんどないでしょう。 その分野をよく知らない人でも分かるように、分かりやすい事例を用いた直情的な文章のため、傲慢な態度で、読みたくないという方には、申し訳ないですが、なかなか品格がある文章に校正する時間がありませんのでご了承下さい。スピリチュアルや哲学が主な分野ですし、まやかしに過ぎないです。専門分野は、日常生活の微差(微妙な差)の研究です。こんなプログではございますが、訪問してくださった方に少しでもお役に立

本気で歌って、プロには、全く敵わない。

本気で歌って、プロには、全く敵わない。ボイストレーニングに行って、プロの壁をぶち破れるのか?まあ、無理だろう。ボイストレーニングで、上手くなると言われてるが、どこまで上手くなるのだろうか?

金をかけて得るものと、金をかけずに努力するもの、どちらが正しいのだろうか?金は、本当にしたいことにかけた方がいいかもしれない。

自分がそこそこカラオケが上手くなってくると、「あ、歌手になるなんて、到底無理なんだ」と「歌手になりたいって夢を持たないし、追わなくてよかった」と心底思えるようになる。プロの歌手と比較して、歴然とした歌唱力の差を感じられる。これは、いくら努力しても、埋められない才能に近いかもしれない。10年以上努力して、学生の時にカラオケで敵わなかった友人に勝てるようになったのは、ある意味嬉しいものだ。「え?あんな下手くそだったアイツがそんなにカラオケ上手くなったの?」と旧友に驚かれるかどうかだ。驚き具合は、GAPによる。ちなみに、私はまあ並レベルだったので、それなりのGAPかもしれない。一番下手な人が、一番上手くなったら、最高な驚きだろう。

だが、学年トップの人には、敵わないと思われる。カラオケは、生涯教育になり得る。高齢者になった時に、そのトップの人を追い抜けたら、なお嬉しいかもしれない。高齢者は、カラオケがめっちゃ上手い人でも、耳が良い元々才能があった人と、努力で勝ち取った人がいるだろう。私は、20年後に勝てるだろうか?と考えた。学生の時に、カラオケで勝って注目されたかった悔しい思いがあるのかもしれない。我流で頑張っても、うまくいかない事も多い。だが、我流で頑張っても、そこそこ良い線にならない場合は、圧倒的に才能が足りないので、その分野の夢は、諦めた方がいいだろう。社会人歌手デビューオーディションみたいなのがあるが、小ネタとして応募する人は良いかもしれないが、まあ普通の人は、一回戦負けだと思われるだろう。十八番の曲しかキレイに歌えないのは、あまり良くないかもしれないが、歌えるだけ良いのかもしれない。「○○さん、あの曲歌ってー」みたいなやり取りである。才能の差に、悔しいけど、黙っていた事が誰にでもあるのだろう。でも、冷静に考えると、才能の差には、押し黙ってた方が、良いかもしれない。協調性が大事だからだ。

さらに言えば、猛烈に自主練して、その後にボイストレーニング等のお金を払うようにしたほうが、コストパフォーマンスが最適かもしれない。まあ、一回行って、体験するのも良いかもしれない。練習量が沢山できる自分の関心事なのかどうかが重要だからだ。毎日10時間ぐらい歌えるかどうかも大切だ。