神人合一のイメージと方法

ちまたに溢れる神人合一の誤解イメージがある。

それは、神人合一体験をした人が、情報を隠している事と、自分自身を尊大に思いたい脳の仕組みにやられている。または、難しく表現しているのだ。宗教的権威を作りたいのだ。高度に見せた方が、金が手に入るからだ、


神人合一というと、何やら神々しい感じを受け、神々様と拝むイメージが強いかもしれない。が、これは、正しいイメージからほど遠いのだ。
簡潔に言えば、
その人自身が、これから、どのように動けばいいか逐一教えてくれる同志と共にある状態なのだ。
神人合一状態を、いらないならいいのだが、それはその人自身が困るのだ。わからぬまま死んでも良いのだが、それはそれで、その人が困るのだ。「困ってない」と言っているだけなのだ。「死ぬの怖くない?」と聞けば良いのだ。怖いなら、神人合一の状態になるまで、一緒に頑張ろうなのだ。

同志というのを、イメージするためには、しっかりと子分時代も過ごす必要があるのだ。それらの積み重ねにより、同志になるのだ。
神も自分で、自分も神というイメージを持ち続けられるかなのだ。ただ、これは、己を尊大に思う「我は、神なり」ではないのだ。キリスト教も、同じニュアンスの事が、伝聞されている。
一個一個、どのような反応にしたらいいか、伝えてくれる有り難い存在なのだ。だから、乗っ取られるというイメージではないのだ。私も昔は、乗っ取られるイメージがあった。また、乗っ取りきられても良いと思ったが、そんな事もない中間のイメージなのだ。
確かに、心の器の中で、意識化に置かれるというのはある。が、乗っ取りとはほど遠いのだ。
よほど、人間のエゴイズムによる洗脳表現の方が、もっと危険なのだ。それは、オウム真理教を見ても、想像に固くないだろう。ブラック企業の企業主の洗脳行為の方がはるかに怖い。isの洗脳も同じだ。
神は、そのような存在ではないのだ。
つまり、神人合一というのは、その人自身が一生支え合い続ける夫婦を獲得する事でもあるのだ。
一定量、「自分ってこうだよね」という思い込みを外していくのだ。私は、この件に関しては、先人を信じて良かったのだ。途中では何度も、「神人合一なんて、いつくるんだよ」と思ってたのだった。

これからの若い世代は、神人合一で、自分の同志と共に、自分のために、生きていってほしいと切に願うのだ。
ただ、この同志は、チヤホヤばかりする存在ではないのだ。時に、優しく、時に厳しく、時に偉大なのだ。神と人の関係というのは、尊厳し合う仲なのだ。ただ、どうしても人間は肉体があるので、尊厳を忘れてしまいがちなので、訓戒が必要なのだ。
ただ、単に、拝む存在でもないのだが、拝む事も大切で、謝罪する事も大切なのだ。
この何とも言えない「行間のようなもの」があるのだ。
時期が来た人から、順番に意味がわかるようになっていくのだ。だから、決して怖がらない事なのだ

人間の方が、見方によっては、恐ろしい事をするからだ。カルマを積む事がどれほど恐ろしいか、目に余るようだ。

あるがままに: 神人合一と悟りは違う

あるがままに: 神人合一と悟りは違う
が、悟りと神人合一は、同じなのだ。魂と意識が同じなのと一緒だ。

神人合一 - 深見東州「神霊界」

深見東州「神霊界」 神人合一


追記
イチロー選手は、神人合一していると、神から教えていただいた。スポーツ選手は、している人が多いのだが、していない人もいる。
究極の実在の動きに関しては、日本で見れた人は、私を含め、100人に満たないと、神から教えていただいた。正確な数字は、頭で理解したが、それをblogで言語化すると、カルマになるので、止めにする。
その実在をどうやって、どの人も見れるようになるかに苦心するのだ。
無意識マップというのは、わかりやすく言えば、FF10の魔法のアビリティマップだ。初期魔法を覚えていくと、どんどん高級魔法を覚えられ、マップが進んでいく、あれと似たような五次元的マップなのだ。テレビゲームの話だが、これは、人間も宇宙も同じなのだ。

無意識マップは、ちなみに見た人は、地球上で、ゼロ人なのだ。
これは、人に見れるものではないのだ。一部分だけなら、見れる。
が、この無意識マップは完璧なので、全ての物事と辻褄が合うのだ。が、私もまだまだ先入観で見れしまうので、適切な表現から離れてしまうことがあるのを、できる限り無くしていきたい。