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体の三重性と日常会話

最近は、かなり夢のトレーニングが進んできた。
夢を2分見て、起きて、「主」に確認して、内容に沿って、お祈りをする。
脳内に、イメージが浮かんだ人は、魂が弱っている人なので、愛の想念を送るのだ。もはや、見たこともない人も多くなってきた笑
または、自分の考えを改める。
8セット、二分毎に繰り返している。もうこれぐらいしてると、家族に気付いて欲しいのだが、通常の人が、そんな8セットを二分毎に、寝て目覚めて、確認なんて、できるわけない。
つまり、何かしらの特別な力に、私の肉体は、動かされているという事に。

特に、最近は悪夢が激しいので、霊で戦う必要があるのだ。この世界と自分の世界の浄化に繋がるのだ。

ただ、お陰さまで、自分の世界の想念体は、とても純粋で、透き通ったので、あとはこの世界の浄化のために、動いているのだ。
霊体の方が、広範囲に影響を及ぼせるのだ。太陽の光と懐中電灯の違いだ。肉体で、影響力を拡げていくのが、普通のスタンスだ。肉体の影響力の広さが、だいたいの人は、その人の格のように、感じている。俺も、昔はそう思っていた。だから、ビジネスで有名になることが、一番影響力を行使できると思っていた。ビジネスで上の人は、何か心を見失っている事に気が付かされた。だから、霊体で、動けるようにするトレーニングをするようにしたのだ。
ただ、肉体では、そこまで全世界にいけないのだ。マザー・テレサさんでさえ、全世界に霊で動いては、いないのだ。
俺の苦しみは、普通の人とは全然違うのだ。レベルが違うのだ。
何か、現象界で、功績を立てなければ、そういう高尚な事をしてないと思っているのだろうか。
予知能力や霊を見せ付けなければ、信じないのであろうか。
私は、ほとほと疲れてしまった。
相手が表現している真意が掴めないということは、自分がまだまだなのだ。
霊格うんぬんというというのは、私も神も言いたくないのだ。それで、何か魂が絶えず、動いてくれるならいいのだが。
人間は、「体の三重性」を、持っているので、ある部分は、全く誰もが同じで、ある部分は、上下があるというものなのだ。

どちらか一方の話をすると、どうも人間は誤解するのだ。やはり、脳は、一部分しか認識しづらいからだろう。
「体の三重性」を、同時間に講義しないと、魂が愛し合えないのだ。
ここに人間が苦しむ原因があったのだ。
四苦八苦の事だ。

分かりやすく例えよう。
ある話題があったとしよう。
トランプさんが、国境の壁を作ろうという動きを見せている。その事を、何人かで、話したとしよう。
Aさん「トランプは、厚かましい人だ」→トランプさんの魂体(精神性)を指して言っている

Bさんの内心は、「Aさんの方が厚かましい、トランプさんぐらいの金持ちになってから言えよ」→これは、Aさんとトランプさんの肉体を指して言っている。その人が、肉体でお金を所有しているかどうかなのだ。つまり、「実は、Aさんは油田王」という情報があれば、ころっと変わるのだ。
Cさんの内心は、「Bさんと、Aさんとの間を、ベストにするには、どうしたらいいだろうか」→霊体を指して話をしている。間をベストにする動きが、霊体的な発想なのだ。

このように、それぞれが、別の体の話をしているのだ。

肉体と魂体には上下があるのだが、霊体は、フラットなのだ。
だから、まだまだ愛が足りないのだという事に気が付かされた。
ただ、肉体と魂体も、究極的には、フラットなのだが、それがわかる人は、皆無なので、ここでは、それは置いておこう。

お年寄りと子供のどちらの方が、肉体が優れているかと言えば、子供というのが、わかりやすいだろう。
魂体も、トランプさんとナイチンゲールの、どちらが精神性(魂体)が高いかと言えば、わかりやすいだろう。
例えば、「どの人も、違って良い、同じくらい価値があるから」、という視点が、霊体の事なのだ。
これが、日常会話が噛み合わない原因なのだ。
ある人は、霊体の視点で、ある人は、魂体の視点で、ある人は、肉体の視点で、認識してるからなのだ。
その上中下を、認識し合いながら、話ができればいいのだが、なかなか難しいところだ。
相手の脳の器が、顕在意識なのか、潜在意識なのか、真相意識なのかに因るのだ。人によっては、肉体次元と言うが、肉体は大事なのだ。
だが、どの人も、脳の認識の器を、顕在意識、潜在意識、真相意識に変化させているのだ。


話は変わって、「エッチなことばかりしていたと、正直に、懺悔するのだ。」→これは、魂体(精神性)を指している
「若い時は仕方ない」と言われたとしよう。→これは、肉体付随の性欲で、肉体を指している。
「その分、家族を気にかけなかった罪は償うよ」→これも魂体を指している。
「みんなで楽しむ家族旅行を作るよ」→これは、霊体を指している。


ところで、お弁当を、ピクニックで用意するのは、やってみると面白いのだ。
テレビゲームばかりしてごめんなさい。おかげで、楽しめました。
京都の舞子さんを見たいものだ。
ホラー映画を見せれば、神仏の怖さがわかるのだろうか、画策している。
神に対して、卑屈になることはないが、傲慢になってはもっといけないのだ。
私は、神を侮る恐ろしさを映画にでも、してみようかなと思ったものだ。
アダルトビデオを見ながら、性欲のコントロールをしてみようと思ったものだ。睡眠の魔に勝つことだ。