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なかなか解けないテーマ

なかなか解けないテーマがある。
私は、人をあまり選べないタイプである。
選ぶという行為が嫌いなのだ。
傲慢に感じる。
選ぶという行為は、選ばれない選ばれるができる。人は、選ばれたら嬉しいという感情がある。選ばれなかったら、悔しい。
人生は選択の連続だ、そういう風な定説になっているようなものがある。
確かに、そう思う。過去と現在と近未来までは、そのように思える。より良い選択をしようと、努力している。より良い選択って、本当に良い選択なのだろうか。良い選択だと思っているだけではないだろうか、人から認められる選択ばかり選んでないだろうか。どうなのだろうか。今一度、考えてほしい。ごめんなさいでは、ないだろうか。どんなに頑張っても、ベストな解ばかりを、人間社会ですることはできづらいと思う。一歩立ち止まって、自分が認識してない悪いことが発生してるかもしれないという気持ちが大切なのではないだろうか。それでいいのだと思う。

人間は、思っている世界を追体験する機械なのかもしれない。そう、映画マトリックスのように。そんなわけない。と思うなら、自分の事をよく観察してほしい。そうすると、あらまという感覚がでてくる。それは、間違っているのかどうなのか。
諸行無常という仏陀の考えを、真っ向から批判できる人がどこまでいるだろうか。あのし烈な苦行をして、悟った境地である。苦行なんて、現代人はしない。自分がしてない(耐えられない)苦行をした人が言っている事であるから、私には批判できない。これは、したことがある、したことがないという思考の枠組みに囚われているとも言える。良質な批判は、相手の懐に入らないと難しい。つまり、わからないまま、批判するのも考えものである。仏陀を良質な批判するには、同じ苦行をしないとできないのだろうか。とかく、同じ経験もしようと思うのが、大切である。同じ経験をすれば、たいてい意味は理解できる。悲しいかな、なかなか人間は同じ経験をしてないから、同じ立場にたてない。これを解決するのは、ロープレしかない。百聞は一見にしかずである。怒るのをやめて、冷静にロープレをするのである。そうすると、なんだかわかってくるものである。15年間母に言い続けたことも、ロープレで一発でわかったようなので、何とも言えない複雑な心境である。
人間は、地球役者である。この仮想世界の住人である。どういう風に振る舞うかはあなた次第である。いや、振る舞うことも、、、この先はまた置いておこう。



人生は選択の連続である、だからこそ考えたい事がある。 | 人生を変える方法-気ままな癒し系哲学-

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