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時間と想念体

時間と想念体の関係は、まだ整理できていない。
タイミングという魔がある。
恋愛関係で、セックスをする最適な時期というのが、どうやらあるようだ。
この時期がズレると、うまくいかない一つの原因を作る。これは、お互いが同意すれば、大丈夫というわけでもないようだ。
キリスト教カトリックポーランドでは、貞操観念が強いようだ。このような、結婚するまで、セックスはしないというのも、画一的に計れるものではないのだ。
この辺りは、「やっぱり止めとくか、いやしようか」という、相手と自分自身への配慮で、適切な時期があるのだ。
その時期というのは、相手への配慮がきっちりできた時に、すればいいのだ。が、欲と理性との葛藤が大切なのだ。その人の純粋な気持ちを育てるのが、大切なのだ。葛藤や悩みといった悟りを促進するために、恋愛というのはあるのだ。恋は、愉しいものだ。実は、悟りのためにある。
なので、少しでも相手のためになろうという利他の心を育てるためにある。なので、10代で、全く性行為をするな、というものではないのだ。ただ、自分勝手なカルマは、溜まるということは、わかる必要があるだろう。
神は、人間に完璧な行動を求めている、が、反面完璧ではないというのも、熟知している。少しずつ、成長すればいいのだ。が、時期が来てるのに、自慰行為や身勝手な性行為を続ける人には、裁きがくるのは、間違いないのだ。
私は、身勝手な行為ばかりしたので、その報いを受けているだけなのだ。誰しも、百パーセント自分が悪いのである。それを誰しもが持つのが、真の平和な社会なのだ。