verymuch8’s blog

先に申しますと、保険をかけてるというより、誠意表現ですが、ここに書いてある記事は、役に立つ事実はほとんどないでしょう。 その分野をよく知らない人でも分かるように、分かりやすい事例を用いた直情的な文章のため、傲慢な態度で、読みたくないという方には、申し訳ないですが、なかなか品格がある文章に校正する時間がありませんのでご了承下さい。スピリチュアルや哲学が主な分野ですし、まやかしに過ぎないです。専門分野は、日常生活の微差(微妙な差)の研究です。こんなプログではございますが、訪問してくださった方に少しでもお役に立

時間と想念体

時間と想念体の関係は、まだ整理できていない。
タイミングという魔がある。
恋愛関係で、セックスをする最適な時期というのが、どうやらあるようだ。
この時期がズレると、うまくいかない一つの原因を作る。これは、お互いが同意すれば、大丈夫というわけでもないようだ。
キリスト教カトリックポーランドでは、貞操観念が強いようだ。このような、結婚するまで、セックスはしないというのも、画一的に計れるものではないのだ。
この辺りは、「やっぱり止めとくか、いやしようか」という、相手と自分自身への配慮で、適切な時期があるのだ。
その時期というのは、相手への配慮がきっちりできた時に、すればいいのだ。が、欲と理性との葛藤が大切なのだ。その人の純粋な気持ちを育てるのが、大切なのだ。葛藤や悩みといった悟りを促進するために、恋愛というのはあるのだ。恋は、愉しいものだ。実は、悟りのためにある。
なので、少しでも相手のためになろうという利他の心を育てるためにある。なので、10代で、全く性行為をするな、というものではないのだ。ただ、自分勝手なカルマは、溜まるということは、わかる必要があるだろう。
神は、人間に完璧な行動を求めている、が、反面完璧ではないというのも、熟知している。少しずつ、成長すればいいのだ。が、時期が来てるのに、自慰行為や身勝手な性行為を続ける人には、裁きがくるのは、間違いないのだ。
私は、身勝手な行為ばかりしたので、その報いを受けているだけなのだ。誰しも、百パーセント自分が悪いのである。それを誰しもが持つのが、真の平和な社会なのだ。