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観点の自由自在 悟りの技術 一例

固定観点を、自由自在に移動することができる「悟りの技術」の一例を紹介しよう
観点の自由自在が、現実として、どのように活かせるのだろうか。
例えば、布団を干すという動作を自分がしたとしよう。そして、布団を元に戻した。そして、家族が、その事に気付かずに、同じ動作をしたとよう。「いや、自分がやったよ」と。そうすると、自然と怒りが発生する。
なんで、発生したのかの問題解決アプローチや意見の不一致や決めごとになる。それは、お互いが消耗する。
が、観点の自由自在を用いると、自分は、プロの役者で、証拠隠蔽をしたとして、小悪魔のロープレをしたと思えば良いのだ。「お、これは使える。なりきれた」と思えば良い。実際にやる前に、少し相手が気付くか気付かないかの布団を戻す動作を加えてもいい。そして、その後は、小さなドッキリに気付かなかった、気付いたは、別問題として、楽しむのだ。そして、ドッキリをバラすかバラさないかは、本人で決めれば良い。
これは、声優がなぜ、楽しそうにしているかという疑問から、生まれたものだ。
人間ロープレというのは、気恥ずかしい反面、やってみると面白いのだ。
気付きというのは、無限にあるように見える。人間は、気付きを蓄積する生き物なのだ。そして、その状況の気分を蓄積するとも言える。これを、ロープレで、疑似体験しとくのだ。そうすると、準備が一つできたので、楽しみが増える。勿論、疑似ロープレをしないで、人生のぶっつけ本番を楽しむというものもある。が、結構辛いのだ。折角、学校というのは、半強制できるのだから、イジメロープレを、必ず全員でやればいいという強硬意見もある。