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極上の幸せとは何か

人生の幸せって何だろう。
ずばり、最高の意味の脈絡を作っていくことである。
あの時、ガンになって、こんな事学んで、あの時、離婚したけど、こんな事学んで、その二つがあったから、再婚して、幸せな家庭を築けていけるようになった。という感じである。
腑に落ちる脈絡なのである。これがないと、人間キツいのである。脈絡をつけていくことなのである。意味付けした脈絡が、客観的にどうかというものでもないのである。ただ、脈絡が正しいと、本人が思えることが大事なのである。何かと、その人の事件や転機を追っていくと、その脈絡がくっきりしていくのである。
通ってきたなと思うと、ワクワクするのである。キャリアデザインでも、こじつけぐらいの方がいいのである。その方が、くっきりしやすいのである。目の前に起きた出来事を、主観的に脈絡付けするものである。必ず、成功するのである。成功とは、自分で確信的に思えば、成功だ。
日常的な動作で感謝できる術を身に付けると、それはとても幸せである。布団があることに感謝。テレビを見れたことに感謝。手が動けることに感謝。blogを少しでも書ける事に感謝。見てくれる人に感謝。食べれることに感謝。人と話せることに感謝。つまり、どの人も自分で自分を幸せにすることができるのである。自分が、今、自分をどう思うかが、自分が変えられることなのである。日常生活の些細な全てに感謝できれば、他に左右されないのである。これは、人畜無害になれという訳ではない。叱れた自分にも、感謝するのである。誰が何を言おうが、幸せというのは、自己認識なのである。かなりできるようになると、惑わされることが、ほとんどなくなるのである。ある人に会うと、元気になるという感情では、そのある人が条件の一つになるのである。そうすると、その人に会えないと、苦しい。人間らしいが、どうしても条件に左右されてしまう。条件に左右されないのは、自分が自分を今どう思うか、感謝なのか。一切が無い。無いのが、当たり前というイメージがあれば、少しでも有るのが、有り難い。世間で言われている「幸せ」は、ドングリの背比べなのである。自分が思っているほど、嫉妬している相手は、そんな幸せではないのである。本人が、幸せであると自己認識してるのである。宇宙の一点が何もない。そこから、思考のイメージがあれば、いかに今が神秘的で素晴らしいか。ある一定量不足や不幸せを享受すると、わかる心境である。 人は、実はどう頑張っても、もらっている量の方が多いのである。だから、お礼する意識として、もらってばかりで、ごめんなさい、ありがとうございます。なのである。エネルギーの観点からも、そうだと思われる。
あとは、人間は、ありのままで完全という事実に気づくこと。変えられる部分ってのは、ちょっとなんだ。ちょっとに右往左往してるのが、人間。ちょっと変わったとしても、完全であることには変わりない。この視点が抜けると、生き地獄になる、ずっと不完全、不完全だと。人間地球号が回っているだけ。完全で生まれて、完全で生きて、完全で死ぬ。どの人も完全。