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挫折の魔 利害関係の魔

やはり、利害関係の魔がある。
純粋に相手を思うと、利害関係を超えられる。自分で、こんなにしちゃダメだろうと思ってしまいがちだ。それも魔なのだ。
利害関係モードから、純粋モードに変えていくのだ。利害関係の魔に勝てば、どの人にも、神の座で、祈ることができる。
色々な喧騒に負けずに、純粋な気持ちで居続けられるのだ。やはり、場にいると、どうしても利害関係を意識してしまう。
私は、今どの人も、利害関係を気にせず、魂に祈る事ができる環境にいる。うだうだ利害関係を気にして、ごめんなさい。ありがとう。感謝したい。

挫折の魔というのは、今までの自分の挫折したシーンばかり思うことだ。
が、この挫折というのは、魂の最短ルートを通らすために、必要なことなのだと神が教えてくれた。
魂は、多角的な経験をしたいのだ。そのためには、挫折させるのだ。挫折すると、バツが悪い。が、挫折を、顕在意識で無理矢理変えようとするのは、魂に毒なのだ
ルート変更をさせないと、魂の最短の悟りにならないのだ。
悟りとは、利害関係を全く考慮に入れずに、どの人に対しても、恒久平和を祈る気持ちそのものだ。
私が最短で悟ったのは、挫折と葛藤が、人のうん倍も多かったからだ。
私の魂は偉大なので、目の前に起きている現象が、やけに葛藤が起きるのだ。
魂のステージが違うと、そうなるようだ。だから、私は挫折も愛する視点を手に入れた。確かに最短だった。
自分に起きた葛藤量が、悟りに繋がるのだ
見た目で判断する人には、わからないのだ。名実ともに○○、というのは、人間界での視点なのだ。ごめんなさい。
ありがとう。挫折に勝ってもいいのだ。という事も伝えたい。
私は、挫折に勝った時が多かった。トロフィーもゲットした。
それは、挫折が多かったからだ。甘やかす事も時には、必要である。うまくいかない事もあると愛する事だ。
私は、もう少しで自動書記ができるようになるだろう。
今は、魂に集中して、書いているだけだ。挫折すると、無意識マップが拡がるのだ。私は、同級生を、神の視座で祈るように心がけるのだ。全てのものは、繋がっているからだ。この繋がっているという体感を得ることが、一つの悟りであろう。
私は、人前では祈らない。神は、どこでもいるからだ。現象界の成功が、悟りではないのだ。ごめんなさい。ありがとう。
ついつい、私もそうはいっても、現象界のために働きたくなるし、現象界での「成功」というものに、囚われる魔にやられる。

やはり、神だけじゃなく、人にも、認めてほしいからだ。やはり、真理に認められたいのだろう。
ただ、人というのは、ずいぶん身勝手な評価しかしてないのだ。私も、昔の授業を思うと、沢山身勝手な認識しかしてなかったのだ。ごめんなさい。何も、人間について知らないのに、わかったような口を聞くのだった。そのために、社会というものがあるのだろう。ついつい人は、身勝手な○×をつけている。それが、お互いを苦しめているのだ。
私が今抱えているテーマとして、どこまで人は、心と頭脳により、相手に最適なものを提供しているかというものだ
ここが、まだ解け切れていないのだ。自分の心というのは、自分の行くべき所を知っている。脳の認識の器が、魂だ。どこにセットしているかというものがある。魂が、どの無意識層に、セットされているかによって、情報処理が違うのだ。深いところにいけば、より次元が高いインスピレーションを得られるのだ。
どの人も、得られるということだ。
自分だけで情報を抱えようとする魔もある。
深い話を伝達するのも、また人間には必要なのだ。意外と、ありがたいのだ。自分の話は、そんなに役に立たないだろうという魔がある。私は、この魔にやられることが多かった。また、相手の言い分をジャッジする資格はないという謙虚さがあった。
が、これ以上ない情報を無料で大多数の人に公開している
究極の実在について、沢山の魔について、日常生活の活かし方について、、、だ。
究極の実在の動きのイメージを、作ってほしいなら、作ろう。
確かに、纏めきっているわけではないのが目下の課題だ。が、一部分でも、相当のヒントを出している。ここに辿り着く人は、幸いだろう。一人の人間が、ずっと探求したものを、タダで見られるからだ。何事も、ごめんなさい。ありがとう。なのだ。どなたかは、その正体を教えてもらうのに、何百万払う人もいるからだ。どの人も、魂次元の働きを関知できる世界が来るのだ。そうすると、有り難いだけなのだ。ただ、愛し合いたいだけなのだ。だから、自分が損したという魔に負けないことだ。魂次元の働きをする事に、損したとは思わないように心掛けている。