verymuch8’s blog

先に申しますと、保険をかけてるというより、誠意表現ですが、ここに書いてある記事は、役に立つ事実はほとんどないでしょう。 その分野をよく知らない人でも分かるように、分かりやすい事例を用いた直情的な文章のため、傲慢な態度で、読みたくないという方には、申し訳ないですが、なかなか品格がある文章に校正する時間がありませんのでご了承下さい。スピリチュアルや哲学が主な分野ですし、まやかしに過ぎないです。専門分野は、日常生活の微差(微妙な差)の研究です。こんなプログではございますが、訪問してくださった方に少しでもお役に立

挫折の魔 利害関係の魔

やはり、利害関係の魔がある。
純粋に相手を思うと、利害関係を超えられる。自分で、こんなにしちゃダメだろうと思ってしまいがちだ。それも魔なのだ。
利害関係モードから、純粋モードに変えていくのだ。利害関係の魔に勝てば、どの人にも、神の座で、祈ることができる。
色々な喧騒に負けずに、純粋な気持ちで居続けられるのだ。やはり、場にいると、どうしても利害関係を意識してしまう。
私は、今どの人も、利害関係を気にせず、魂に祈る事ができる環境にいる。うだうだ利害関係を気にして、ごめんなさい。ありがとう。感謝したい。

挫折の魔というのは、今までの自分の挫折したシーンばかり思うことだ。
が、この挫折というのは、魂の最短ルートを通らすために、必要なことなのだと神が教えてくれた。
魂は、多角的な経験をしたいのだ。そのためには、挫折させるのだ。挫折すると、バツが悪い。が、挫折を、顕在意識で無理矢理変えようとするのは、魂に毒なのだ
ルート変更をさせないと、魂の最短の悟りにならないのだ。
悟りとは、利害関係を全く考慮に入れずに、どの人に対しても、恒久平和を祈る気持ちそのものだ。
私が最短で悟ったのは、挫折と葛藤が、人のうん倍も多かったからだ。
私の魂は偉大なので、目の前に起きている現象が、やけに葛藤が起きるのだ。
魂のステージが違うと、そうなるようだ。だから、私は挫折も愛する視点を手に入れた。確かに最短だった。
自分に起きた葛藤量が、悟りに繋がるのだ
見た目で判断する人には、わからないのだ。名実ともに○○、というのは、人間界での視点なのだ。ごめんなさい。
ありがとう。挫折に勝ってもいいのだ。という事も伝えたい。
私は、挫折に勝った時が多かった。トロフィーもゲットした。
それは、挫折が多かったからだ。甘やかす事も時には、必要である。うまくいかない事もあると愛する事だ。
私は、もう少しで自動書記ができるようになるだろう。
今は、魂に集中して、書いているだけだ。挫折すると、無意識マップが拡がるのだ。私は、同級生を、神の視座で祈るように心がけるのだ。全てのものは、繋がっているからだ。この繋がっているという体感を得ることが、一つの悟りであろう。
私は、人前では祈らない。神は、どこでもいるからだ。現象界の成功が、悟りではないのだ。ごめんなさい。ありがとう。
ついつい、私もそうはいっても、現象界のために働きたくなるし、現象界での「成功」というものに、囚われる魔にやられる。

やはり、神だけじゃなく、人にも、認めてほしいからだ。やはり、真理に認められたいのだろう。
ただ、人というのは、ずいぶん身勝手な評価しかしてないのだ。私も、昔の授業を思うと、沢山身勝手な認識しかしてなかったのだ。ごめんなさい。何も、人間について知らないのに、わかったような口を聞くのだった。そのために、社会というものがあるのだろう。ついつい人は、身勝手な○×をつけている。それが、お互いを苦しめているのだ。
私が今抱えているテーマとして、どこまで人は、心と頭脳により、相手に最適なものを提供しているかというものだ
ここが、まだ解け切れていないのだ。自分の心というのは、自分の行くべき所を知っている。脳の認識の器が、魂だ。どこにセットしているかというものがある。魂が、どの無意識層に、セットされているかによって、情報処理が違うのだ。深いところにいけば、より次元が高いインスピレーションを得られるのだ。
どの人も、得られるということだ。
自分だけで情報を抱えようとする魔もある。
深い話を伝達するのも、また人間には必要なのだ。意外と、ありがたいのだ。自分の話は、そんなに役に立たないだろうという魔がある。私は、この魔にやられることが多かった。また、相手の言い分をジャッジする資格はないという謙虚さがあった。
が、これ以上ない情報を無料で大多数の人に公開している
究極の実在について、沢山の魔について、日常生活の活かし方について、、、だ。
究極の実在の動きのイメージを、作ってほしいなら、作ろう。
確かに、纏めきっているわけではないのが目下の課題だ。が、一部分でも、相当のヒントを出している。ここに辿り着く人は、幸いだろう。一人の人間が、ずっと探求したものを、タダで見られるからだ。何事も、ごめんなさい。ありがとう。なのだ。どなたかは、その正体を教えてもらうのに、何百万払う人もいるからだ。どの人も、魂次元の働きを関知できる世界が来るのだ。そうすると、有り難いだけなのだ。ただ、愛し合いたいだけなのだ。だから、自分が損したという魔に負けないことだ。魂次元の働きをする事に、損したとは思わないように心掛けている。