読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

理想的な食事 エネルギー交換とカルマと感謝の関係性

理想的なレストラン

理想的なレストランというのは、どういうのか本質に到達した。
それは、全てが時価で変動制のレストランなのだ。入店から退店まででのエネルギー交換によって、請求額が変わるレストランなのだ。

時価というのは、高級寿司店だけではないのだ。あれは、ネタの仕入れ代金の違いを考慮しているだけである。が、本質は違うのだ。日常の食事でする必要があるのだ。

あの人は、食事中に嫌なものを発しているというのは、どの人も思ったことはないだろうか。これもエネルギー交換の差異で説明がつくのだ。
さいとうひとりさんは、「あなたに売るものはありません」ととてつもなく嫌な人には言うようだ。これは、実は勘違いした人に対しては、言わないと、その人のためにならないのだ。要は、客だからといって、横柄になって良いわけではないのだ。このあたりも、エネルギー交換と感謝とカルマに関係している。


また、例えば、店側としては、宣伝をお客にしてもらったら、たいてい嬉しいもので、請求額を安くしたい気持ちになるものだ。
場合によっては、10円程度になるかもしれない。それは、その人が宣伝行為をしてくれた場合でもある。

また、感謝行を用いた食事法で、金額が安くなるのだ。
例えば、ある定食だけを出すレストランで、一応目安幅の額が、300円~2500円にしておけばいい。ただ、あくまで目安なので、変動する。

「あなたの食事法では、330円!」「あなたのエネルギー交換では、2300円」となるレストランだ。
勿論、それは厳格なサニワ役が必要なのだ。
意識を入れずに、判断する役と、物事の道理を説明する役なのだ。
「なぜ、私は、2300円も取られるのか」と考えてほしいわけだ。
客側としても、「おお、こうしたら、安くなった」というのも面白いのだ。
食事の後に、自分が嫌なイメージが湧いたなら、ほとんどの場合、自分の感謝行が足りないのだ。この事に気付いていない人も多い。

食事で、カルマを積む人が非常に多くなってしまった時代に、飲食関連の法案が変わればいいかもしれない。
が、やはり、不正が蔓延る時代なので、導入は不可能だろう。
内輪でやるしかない。
グループ内の代金の支払いも、割り勘だけではないのだ。この辺りも、お互いに気遣いがあれば、良い塩梅に落ち着くのは、誰もが経験している事だ。私も、お金がないときは、多めに払ってもらうことも多かった。あるときは、多めに払うのだ。そういううまい形にするものなのだ。

店とお客という立場でも、このようなものが、本来の理想的なエネルギー交換と感謝を用いた、食事法なのだと気付く事なのだ。これは、飲食店だけではなく、どの決済にも言えることなのだ。

そういう人が増えれば、幸せになる人が多くなるのだ。それは、自分がどこでカルマを積んでいるか、なかなか人はわからないからだ。

私は、違う案件で、3000円請求されたが、ふと、「なんか嫌だな」と思ったものだ。

それで神に聞くと、2518円が正確なエネルギー交換の値だったのだ。これは、先入観と記憶層を排除
しないと、わからないものなのだ。

人は、記憶層により、何か自分を擁護しがちだからだ。

誤差の482円分が、嫌なイメージだったのだ。が、勿論逆にエネルギーをもらいすぎた場合は、3300円と300円高く払うのだ。
要は、本質的には、お互いで合わせられれば、いいのだ。悟った人同士であれば、できるのだ。

中心の中心の心から、情報イメージを引っ張れれば、人は、本質的にエネルギー交換がわかるようになっているのだ。
ただ、ちょっとした誤差は気にしないことなのだ。
ということを教えていただき、ありがとうございます。多く払って、ごめんなさい。
霊的な能力は、自分のために、あるものではないのだ。
高い土地代を払うために、埋め合わせに、霊的能力を中庸よりも高い値段の商品にイメージ変化させて、マーケティングが成功すると、+と-エネルギー両方発生するので、あとで、評判が落ちるのだ。そういうものなのだ。簡単に言えば、霊的イメージが付加された健康食品だ。
そうはいっても、マーケティングと、お金と健康食品は、仕方ないという視点はあるが、カルマをためることになるのだ。
勿論、マネタイズとマーケティングは学ばなければならない必須項目だ。が、いきすぎては、カルマをためるのだ。この辺りは、微調整を繰り返すしかないのだ。飲食店の代金が頻繁に変わるのも仕方ないものなのだ。やり過ぎもあまり意味がないが。

人は完璧な視点と、完璧じゃない視点あるが、完璧になりたいものなのだ。だから、あまり人を批判しても、罪を作るだけなのだ。ごめんなさい。ありがとうございます。

お金を取る催促する立場と、お金を払う催促される立場で、見方は違うのだ。「いやいや、おまえが考える事ではないという」魔と助けがあるものなのだ。
私は、思考モンスターなので、思考の無意識マップを売り物にしているだけなのだ。他の人は、他の無意識マップを売り物にすればいいのだ。

お金の思いこみが強い人に対して、何か効果的なものを、そろそろ発表していきたいのだ。「そんなバカなと思う人は、自分を苦しめているのだ。」とも言える。
誰かが見ていると、意識や記憶が入り、本質に辿りつけない。
ただ、同じような変動性レストランでも、操作欲に取り付かれて、金額を変動する人もいるので、注意が必要なのだ。

感謝の循環とお金の循環、双方をうまく循環させるのだ。私は、これぐらいのエネルギー交換がベスト、スキルもこれぐらいで十分。ということを神からやっと教えてもらった。何年もかかった。が、なかなか、現代の仕組みでは、それでは食っていけないのだ。
だから、時代が追いついてほしいと思う気持ちと、時代に下っていきたいという気持ちの両方がある。
なので、しっかりとお金の思い込みが激しい人向けに、プロ用の表現というのも必要になりそうなのだ。「あの人は、それで飯を食っているというレッテルだ。」仕方がないので、そのレッテルを張られるように頑張っていこう。レッテルを張らせなくて、ごめんなさい。
やはり、プロを経由して、より純粋に思い、無料にしたというのが、どうも必要なのだ。初めから、純粋に思って、無料という作戦だった。が、無料も時として、カルマを積むのだ。価値をわかっていない人には、豚に真珠なのだ。
それにしても、私にとって、魔から逃げなければいいだけなので、お金は寄付と話し合いで十分なのだ。が、それでは、なかなか多くの人に価値をわかってもらえない。


プロのアイデンティティを取っている自分も認めたい。お金を請求している自分も認めたい。
勿論、プロになればなるほど、エネルギー交換の目安が高くなるのは、ご存じだろう。「生きいてかないといけない」という思いこみが、人を苦しめ、また時として援助に繋がるのだろう。
どれくらいエネルギー交換をする日常がベストなのかという疑問があったからだ。
ちなみに、近所のあのおばあちゃんは、足りないようだ。
あのおばあちゃんも、足りていないようだ。
私のおばあちゃんは、片方は足りているようだ。
これは、おばあちゃんに限ったわけではなく、どの人にも言える事なのだ。足りていれば、幸せなのだ。
何十年後かに、今の私のエネルギー交換で食べていける状態(使命量の中庸)に社会がなればいい。
日常で、カルマをためずに幸せに生きている実感を持つことなのだ。が、周囲の認知の問題で、今は難しいのだ。肉体に偏るのを、少しずつよくしていこう。やはり、今の生活が続けられるという保証が必要なのだ。
死生観の無意識マップを進める事と、生きて使命を発揮するという前提の取り組み、双方必要なのだ。
となると、社会制度という大きな事と同時に自分の日常生活を極める事が幸せに繋がるのだ。
今の社会制度では、マネタイズのハードルが高すぎるのだ。なので、余計にカルマを溜ながら、大きくしていく手段を取らざるをえないのだ。
ただ、やはり論より証拠なので、仕方なく、愛情でお金の思いこみが激しい人向けのために、じゃんじゃん稼いでいこう。お金を払う基準が高くなり、なかなか払わないのだ。それで自分を苦しめているとは思わないのだ。ただ、欲に勝つことは、必須条件なのだ。
あとは、不必要な不安にどう対処するかだ。やはり、お金の仕組みと循環が、純粋フラットから、離れているので、四苦八苦にどの人も陥っているのだ。
それにより、使命の発揮が抑えられてしまっているのだ。
そうすると、普通のビジネス書のように、ずば抜けた専門技術の特化で戦うしか今の現行資本主義システムでは、難しいのだ。
ただ、自分だけ使命発揮量が多くても、他の人を抑制するだけで、嫌われるのだ。お金というのは、長年それだけ思っていれば、手に入るようになっているのだ。だが、誰しもそこで+エネルギーだけでなく、-エネルギーも出しているとは思わない。
それが、いつしか-エネルギーが内外反転して、不幸に陥るのだ。急がば回れという諺なのだ。
使命というのは、この使命量発揮もあるのだ。
中年で、カルマを溜めながら、使命を発揮した場合、晩年で、逆転して苦しくなるのだ。
私は、慈悲深くあのおばあちゃんを見る自分と、ああやはりそれで今苦しんでいるのだなと冷静に思う自分、双方いるのだ。ようはカルマを溜めると、ゆくゆくは、自分で思うように、活躍できない場面が続くのだ。

私もカルマを溜ながらの使命発揮量が高くなり過ぎた経験があるので、周囲と合わずに困ったものだった。
そうすると、場を変えるしか方法がないと思われる。または、自分で考えを改めるしかないのだ。
自分では抑圧しているつもりはないが、やはり抑圧していたのだろう。
また、人は、自分が抑圧されたという過去の記憶層を、持ち出して、抑圧の解消行動に出るのだが、ある時から、使命発揮量が中庸になっているにも関わらずに、過去の記憶層にこだわりすぎて、自分を苦しめてしまうのだ。これで十分なんだと認めてあげる事なのだ。
使命の発揮量を中庸に合わせ続けるのはとても重要だ。

ちなみに、類友の法則というのは、肉体的使命発揮量が同じ人同士がくっつくようになっているのだ。
これは、魂体的ではないのだ。が、これは少し難しいので、またの機会にしよう

思考というのは、肉体付随なのだ。
心というのは、魂体と霊体なのだ。
思考は、一瞬では変わらない。
が、心は、常に変動しているので、一瞬で変わるのだ。
これにより、微妙な捉え方ができるだろう。

森友学園 評判

森友学園 シナリオ作成 

森友学園に関しては、衆院予算を通すための、スケープゴートの役割なのだ。

野党としては、追求している威勢の良さを、感じさせられる。
与党としては、一定数のわざと痛手を被るふりをできる。
が、わざと騒動的に報じているが、そこまでにならない問題に抑えているのだ。よく練り上げられた台本なのだ。
その野党議員にリークさせた人もいるのだ。
その野党議員は、リークされたものを憤慨し、追求する場面を作れ、売名にもなるのだ。
国土交通省もグルなのだ。
ゴミ業者もグル。
メディアもグル。
森友学園は、被害者なのだ。
生け贄なのだ。
では、安倍昭江夫人も、グル。
ということは、安倍晋三さんもグルなのだ。
が、言い逃れができるように作っているのだ。私も言い逃れする自分も認めたい。
のシナリオは、一般の人が思っているより長めの時系列で作られているのだ。各関係者が、シナリオを知っているかどうかは別問題なのだ。
では、誰が作っているのか、それを指示している人がいるのだ。

私には、作っている人と指示している人は、わからない。が、目星ぐらいはあるかもしれない。が、やはりよくわからない。知らない自分と知っている自分どちらも愛したいからだ。興味が湧く人は調べて教えてほしい。徐々に迫り、沸騰するそういう楽しさもあるものだ。

ともあれ、衆院の予算案の方が、はるかに金額が高いという事実があるのだ。
国家予算的観点で考えれば、正直8億円というのは、どうでもいいものなのなのだ。

ある人が嫌だなと思う「真相」にうまくたどり着かせないためのシナリオなのだ。
私は、それでもいいと思っている自分と、どうにかしないとなと思っている自分、双方を愛したい。
では、そのシナリオを作っている側の嫌がる事は、どちらでもいいのだ。
私にとって、ブロッコリーに愛を注ぐ時間と、真相を解き明かす時間、どちらも大切なのだ。
そこまで、現象界の出来事に左右され過ぎる事もないのだ。
純粋フラットというのは、別にシナリオ作成者側に対する糾弾者視点だけではないのだ。
私もシナリオを作る側なら、そうしたい自分もいるのだ。ああ、扇動したい。ああ、シナリオを作成する技術がある脳がほしいのだ。そして、あわよくば、体制とお金を維持したいのだ。
私だって、好きな事を沢山したいのだ。その人にとっては、それが好きなのだ。
この世界は、完璧に出来ている。輪廻転生も入れると、よりびっくりする。このあたりは、シナリオを作っている人間がどこまで知っているかなのだ。
人間は、全てを関知できないから、どの部分でどれぐらいの範囲で、繋げているかだけなのだ。
ただ、それなのだ。
ジャンプのハンターハンターの33巻は、とても面白い。色々な視点で書かれているからだ。誤解して、ごめんなさい。楽しませていただき、ありがとうございます。
ゲームをやるのと、マンガを書くのと、病院に行くのと、どれも大切なのだ。ゲームしないと、あのマンガは書けないし、病院に行かないと、ゲームはできないし、マンガを書かないと、病院に行けないし、なのだ。そういうものなのだ。
だから、ごめんなさい。ありがとうございます。なのだ。
とマンマと土俵に上げられててしまうのだった。がってんがってんがってん。
ともあれ、どの人も自分の書いたシナリオで生きているのだ。ハンターハンターの作者側も面白いものだ。読者側も面白いものだ。編集部側も面白いものだ。
ただ、どれほど綿密に頭で考えたものというのも、ほんの一ミリだけ、何かが違うのだ。そこを感じる事が、魂で感知しているかどうかなのだ。どの人もそうなってほしいのだ。
ただ、本来は、人は、どの立場にもなりたいものなのだ。「ただ、それだけのこと」というハンターハンターのキャラのシャウアプフなのだ。
私は、多くの人が、今以上に幸せになれる事を祈っている。
私は、時系列と内容をまとめたシナリオ解説をしたい自分とそれは自分で調べてよという自分どちらも愛したいのだ。
①小学校で、約分の概念を、習う前より発見して、興奮した自分と、
②中学校で、ピタゴラスの定理を、早めに教えてよ憤慨した自分、
どちらも愛したいからだ。どちらも自分なのだ。どの人も無意識マップを完成させてほしいだけなのだ。
ヒントは、アメリカ生まれの人なのだ。それ以上は、言えない。なぜなら、私も知らないからだ。
わかる人にはわかる楽しみがあるのだ。
わからない人の方が、わからないままの方が、楽しい場合もあるのだ、


園長の噂!森友学園の驚くべき実態とは? | 歩叶コラム

塚本幼稚園の評判と副園長の噂!森友学園の驚くべき実態とは? | 歩叶コラム

財布の中身 整理整頓 最終決定版 物の管理とカルマと無意識マップの完成

財布の管理 最終決定版
財布の中に何を入れればいいか、悩んだことはないだろうか。

私は、銀行口座カード3枚と定期SuicaTSUTAYAカード、海外専用クレジットカード、クレジットカード1枚、保険証、免許証

緊急連絡先メモ、簡易版交通マップ表、お守りで十分な事に気がつかされた。9枚で十分なのだ。

これ以上要らないし、これ以下でも手間がかかるのだ。やはり、友人と討議をしても、これで十分なのだ。

そうすると、スッキリするのだ。本当に、ポイントカードは要らないのだ。ポイントカードは、本当にたびたび使う場合だけなのだ。私は、物の管理とカルマの生滅というのを研究したので、ここのラインに落ち着いた。
いっぱい持った時もあったが、やはり要らないのだ。要らないものを持ち続けると、カルマになるのだ。だから、整理整頓は必要なのだ。
また、知人のために、カードを作ってあげる事はしても、結局使わないので、部屋にしまっておく。本当に使う時だけ出す。持ち運びは、それだけで十分なのだ。作ったあげる親切という気持ちは大切なのだ。ちょっとした加点になるからだ。が、やはり、カードを私は解約した。ありがとう。ごめんね。ケチケチし過ぎると、知人の付き合いのためのカードを作るのも惜しみたくなるが、時と場合によるのだ。また、どこかの店の店員が輝いている場合は、敢えてお金を払って、カードを作ってあげる時もある。が、勿論、使わないのだ。クレジットカードを沢山作って、やりくりしている事業家もいるが、それはそれなのだ。それにしても、今の自分に必要かどうかなのだ。結局、カードというのは、利子がかかるからだ。ごめんね。ありがとう。なのだ。ちょっとしたものが必要なのだ。最終決定版だからといって、頑固に固持しすぎる事もないという事は、人間は余白を必要とする性質があるからだ。だが、やはり最終決定版で、釘をつく必要があるのだ。腑に落ちた場合、そこで、その物事は終わりなのだ。これが、その分野の無意識マップの終わりなのだ。次のテーマに移っていこう。
財布で分かる整理整頓の得意な人と苦手な人

財布で分かる整理整頓の得意な人と苦手な人

性欲の完全克服方法

長年の人間を悩ませた。私も悩んだ。彼も悩んだ問題だ。
性欲の完全克服法である。

巷には、ヨガの運動。激しいスポーツ。とにかく忙しくする。とにかく我慢する。
または、向き合うのをやめて、もう開き直る。等々がある。
が、やっとこの問題に終止符が打てた、解けたのだ。

性欲は、時として、特に男性は強い。
手っ取り早く済ませるオナニーをすると、性エネルギーが逃げてしまう。因果応報の、「因、特に悪いカルマ」は、どこで積むかを、このblogでは伝えている。

どこかの密教の教えのセックスを用いた昇華というのは、やはり、欺瞞なのだ。
なんか怪しいな?ただのセックスしたい嘘じゃない?と思っていたものだ。

また、通常のオナニーは、過剰な動画やペニスのこすりが必要になる。それは、あまり精神的に負けた感があるのだ。
それをどうしたらいいか。
長年の答えが出た。

「意識の器」で見ると、性欲が充足されるのではなく、性欲が増幅するのだ。それにより、カルマが微少に溜まるのだ。


が、無意識の器で、女性の少しだけ派手な格好の写真を、間接視野で、捉えると、肉体の性器の器官自体は、それなりに活発に動くのだが、通常の性欲での、頭の中にムラムラとしてものではなく、
魂体の充足を感じる事ができる。

ただ、一瞬写真だけ見ても、充足はしないのだ。少しばかり時間がかかる。
要は、どうしても、性に関する物体次元のエネルギー交換が、必要なのだ。
親鸞聖人は、性欲の完全克服はできなかったという説があるが、どうやら間違いなのだと神に教えてもらった。
が、普通の人は、なかなか完全克服するのが、難しいのかもしれない。
友達は、性欲が沸かないらしい。が、ある程度の人は、沸くだろう。なので、この話を続ける。
あとは、ペニスの下腹部(pc筋?)というのは、普段使わないので、おそらく、そこの振動を体が求めているようだ。ここが、充足される事が必要そうなのだ。
よく考えれば、夢精というのは、そうとう、睡眠中に、このpc筋運動と立体セックス感がなければ、出ないものなのだ。



それはさておき、この方法で、肉体の性エネルギーは、外に出て行かず、性エネルギーの交換になっている。
これは、セックスともまた、違うものなのだ。
やはり、射精行為までいくと、性エネルギーが外に出てしまう。スポーツ選手も大会中は、セックスを自粛するように、性エネルギーが外に出てしまうと、動きが鈍くなるのだ。
また、聖書や仏典にも、自粛ムードがある。
また、たとえ、セックス時に、射精行為までいかないとしても、確かに肉体の性の充足にはなるかもしれないが、なかなかそうもいかないし、強烈な我慢になってしまうし、その後の関係性も危うくなる。
出さなきゃいいのかというと、そうでもないのだ。セックス自体が、カルマを溜めやすいというのもある。

やはり、意識の器だと、何事も情報過多になってしまう。
無意識の器のまま、セックスができ、射精までいかずに、強烈な自制心で、引っ込めて、充足するかはわからない。
セックスが、誰もが好きなのは、5感覚を全て満たす刺激が強いからだと、お釈迦様が表現していたらしい。
が、無意識の器を使える人は、気にならなくなる。
が、どうしても、体が何か疼くのを感じないだろうか。
勿論、格闘家でも、ある層の無意識の器を使いながら、機敏な動きとして、戦う人もいるようなので、何とも言い難いものだ。

が、おそらくは、性エネルギーの充足と、性エネルギーの交換という点では、前述のやり方が、ベストなような気がする。
なぜなら、激しい動きをすると、どうしても、意識の器になってしまうからだ。
また、意識の器状態で、過剰に性欲を抑えつけると、反動が出る。
また、夢にも出てきて、途中で起きることや、起きた時に少し嫌な気分や、夢精にまでつながる。夢精にまでつながるのは、確かに忍耐強いのだが、性エネルギーの循環が滞っているので、女性にモテなくなるのだ。
無意識の器を使いながら、普通に女性と交流していると、モテるようだ。
性的なイメージングでいいのかと、思う人もいるだろう。
が、思っている相手に失礼だし、カルマになる。
また、物体次元の交換にならないので、イメージングだけでは、どうもダメなようだ。
それは、物体対物体での交換にならないからだ。
セックス等の肉体対肉体だと、余計な事が増えるのと、そうでなくても、カルマが増える可能性が高いのだ。
それにしても、どうしても、肉体の性器の鼓動は必要なのだ。
それは、人間は、どんなに頑張っても、食べ物を少量でも食べる必要があるのと同じなのだ。が、それを言い訳にしている大人が多いのだ。しかし、とにかくめちゃくちゃ我慢するというのも、健全とは言えない。確かに、触れなければ、あまり問題がない。

これで、寝る時に、エッチな夢を見なければ、成功なのだ。
何事も、起床時と睡眠時を足したものなのだ。
そうすると、深い層の、夢になったり、日常生活が最適化されてくるのだ。

ちなみに、意識の器で写真集を眺めるのも、確かに性エネルギーの交換ではあるのだが、そうすると欲のカルマを溜めてしまうのだ。
まあ、過剰な性より、マシなのだが、やはり無意識の器と、この鼓動的写真法が、最適なようだ。
人間自体に、差別性を持たない精神なので、公にされている性的写真は、OKなのだ。
なぜ、人は、どうしても性欲に勝てないのかわからなかった。
肉体で満たして、同時に、魂体も満たす必要があったからだ。
次点としては、ヨガによる股間の圧迫法等の運動と無意識の器の併用が考えられるが、おそらくそうすると、異性との性エネルギーの交換にならないという弱点があるのだ。
あとは、五感覚の遮断法は、それはそれで凄い修行をしないと、できるようにはならない。

ちなみに、じゃあ聴覚、要は卑猥な音声に対しては、どうかという人がいるだろう。

音波を、聴覚で聞くと、人間は、どうしてもその波長に限定されてしまうのだ。
波長の同調性法則なのだ。

モーツアルトなのか、B'zなのか、アニソンなのか、で波長が同一化するのだ。
これは、高波長の音声というので、周知されているものだ。

無意識の器を使いつつ、聴覚の音波次元で、低周波のエロ音声を聞いて、無意識の器を保ちつつも、肉体の性器の鼓動を打ったとしても、魂体次元までの、響きにはならないので、肉体止まりの充足になり、若干のカルマになる。

裏返せば、これにより、視覚での可視光線の範囲と、聴覚の音波の範囲が区別がつくということだ。

また、聴覚遮断法を用いた場合、そもそも音波遮断のヘッドホンをして、聞いているのと同じでエネルギー交換にならないのだ。
自分が魂体次元の体感覚で、感知しているかのチェック法にもなるということだ。
どんなに頑張っても、エロ音声では、魂体まで届かないのだ。魂体には入ってないなという感覚を持てるかどうかだ。
これを持てば、あらゆる事が、魂体まで入ったかわかるのだ。たとえ、現場でエロ音声を出している人の場合は、少し違うというわけでもないのだ。


普通の音声や写真を、卑猥に妄想するのも、妄想のカルマになるのだ。

写真ではなく、AV等の動画だと、過剰になるのだ。
ただ、写真も、性的な描写が全くない写真は、若干のカルマになるのだ。誰だって、相手に使われている事が知られたら、嫌だからだ。
清楚系のアイドルの普通の写真等もダメなのだ。
じゃあ二次元でも、いいじゃんというと、二次元は、少しカルマになるのだ。
これは、5次元的存在の人間が、アニメなどの二次元的だと、少しカルマになるのだ。
が、生身の五次元的人間に対して、肉体と魂体の充足で、同じような視観法をするのも、カルマになるのだ。
なので、やはり少し性的描写がある写真が、カルマを溜めないのだ。
では、恋人の淫らな写真は、どうかというと、管理のカルマになるのだ。例えば、別れた場合や、自分が、急に死んだ場合に、あると嫌がられるのだ。
なので、公にされている少し性的描写があるのが、ベストな写真なのだ。

一ヶ月に10分だけ、この性欲克服方法で、カルマを溜めないのだ。
まあ、なかなかここまでは、正直なところ大変なのだが、魂は、そこまで行ってほしいようだ。
私は、ガイドラインは示す役目なのだ。
性欲の無意識マップの完了だ。


あとは話は変わって、私を悩ませている睡眠欲の完全クリアなのだ。
ここは正直もう辛いのだ。
睡眠というのは、かなり個人差がある分野だし、一概に寝るのが悪いとも言えないのだ。が、その人にとって、完全クリアに近い睡眠と起床というのがあるのだ。寝なさすぎという人もごく稀にいるのだ。
この絶妙なラインというのは、誰かのために、睡眠時間を削って作業をする精神を持ち続けながらも、うまく睡魔と戦いながら、最適状態に持っていく事なのだ。

ただ、寝ないといけないときには、寝ないといけないのだ。自分勝手な夜更かしもカルマになるのだ。が、私は大の睡魔負けが多いので、かなり苦戦しているというのが、正直なところだ。時と場合と状況によって違うのだが、これは、手に入れないといけないものなのだ。
要は、場合によっては、相手に徹夜で付き合うものなのだ。ただ、勿論これも無意識の器を使いつつなのだ。
ちなみに、睡眠時の夢の中の意志は問われない。
起きている時なのだ。
言うなれば、いつでもシャットダウンができるのと、いつでも駆動し続けるのができるかなのだ。

ドラえもんの、のび太くん的な能力と、睡眠要らずなジョジョの究極生命体のようだ。
真言宗の住職は、修行中は一日五分なのだ、まあこれは例外的だ。
通常パワフルな社会人は、三時間から、五時間までだろう。
私は、シャットダウン法はほぼできる。どこでも意識を落とせる。が、起き続けるのがどうもダメなのだ。また、どうしても寝たいという欲に勝てないのだ。無意識の器を使いつつというのも、かなり厳しいのだ。なぜなら、無意識の器は、シャットダウンに近い層なのだ。
要は、意識の器でピリピリ状態興奮状態だと、起き続けやすいのだ。が、周囲に寝不足的で、悪想念を出してしまいがちなのだ。
なんともあれ、私は、この言い訳で、だいぶ周回遅れなのだ。

意識の器と無意識の器のアップダウンと、ある一定の下層に留め続けながらも、最適な行動というのを、し続けるのだ。
これは、なかば諦めたい部分だが、根気よくやるしかない。

糞便欲というのは、もう一定クリアした。これは、やる必要がないようだ。

まあ、性の無意識マップの話に戻れば、人には、ある一定の範囲があるのだ。
例えば、AV男優が、この性欲の完全クリアまでは、求められていないのだ。職業的なものの特性だ。
が、一般男性は、実はここまでやるのが、高次元の存在に求められているかどうかは、まだ明かさない方がいいだろう。性に負けると、恋人や家族関係が悪化するのだ。


清らかさを求めての自己克己の歩み・・・“性欲”との闘い
http://www5a.biglobe.ne.jp/~spk/sp_newsletter/spnl_backnumber/spnl-10/spnl-10-2.htm

清らかさを求めての自己克己の歩み・・・“性欲”との闘い


性欲とアセンション - mitamareiki’s diary

性欲とアセンション - mitamareiki’s diary

魂の法則 その⑰ 淫乱と色欲 - 飄(つむじ風) - ようこそ!つむじ風ねっとブログサイトPartⅡへ

魂の法則 その⑰ 淫乱と色欲 - 飄(つむじ風) - ようこそ!つむじ風ねっとブログサイトPartⅡへ

追記
やはり、エロい夢は見なかった。一定の実験効果が見られた。
が、なかなかオナニーやセックスの衝動というのは、強いものなのだ。

頭が良いという幻想 本質の追求

頭がいい人が作る社会が、頭がいい人が問題の本質がわかっているという幻想を、そろそろ止めにしませんか。
という問題提起だ。
もうそろそろ、気付こう。
どの人も一緒だという事に。どの人も、何かしらの鍵を持っているのだ。これが、民主主義なのだ。

どの人も、素晴らしいのだから、もっと尊厳な心を持つのだ。が、傲慢になれというわけではない。

理屈をつけて話せば、頭がいい人は、世間的に頭が良いとされる脳内データを構築したことで、その脳内データを消去しないかぎり、問題の本質に辿り着けないのだ。
逆に、頭が悪い人は、自分の脳内データに、好き勝手なものを入れているし、浮かんだ良い無意識イメージでも、周囲に説明ができないという側面がある。
例えば、誰かに会ったときに、「ビビっと来た」のような表現だ。が、それは本質的なイメージの言語化なのだが、それを多くの人に伝達する訓練を受けていない。一方で、頭のいい人は情報をいれた分だけ、感度が弱まる傾向にあるのだ。そうすると、その本質的イメージが浮かばず、言語化するトレーニングは受けているから、浮かべば、言語化しやすいのだが、結局浮かばないのだ。
このようにして、頭のいい人と頭の悪い人の間に、コミュニケーションのギャップが生まれるのだ。


頭だけで考えると、わからない。頭だけで考えると、わからない。感情だけでも伝わらないのだ。
自分と反対側と思っている人が、問題の答えを、持っているのが多々ある。そういう意味で言えば、どの人も、変わらないのだ。
流行りの言葉で、無化やゼロ。普通、ゼロベースというが、本当にゼロベースかというと、そんなことしてないのだ。

「頭が良いな」と思う人の特徴 頭の回転が速い、本質を瞬間的に見抜く - ライブドアニュース

「頭が良いな」と思う人の特徴 頭の回転が速い、本質を瞬間的に見抜く - ライブドアニュース



私は、「本質本質、本質は何か」とばかり、考えてきた。
問題の本質というのは、実は、ないのだ。本質を作っているのは、脳だからだ
勝手に問題を作って、問題の解消に翻弄されるのだ。自分で問題を作っているとは、あまり誰も思わないかもしれない。

誰かが表現したモノを、「これ、本質じゃん」と本質だと思うのは、自分よりも、思索に富んだ無意識イメージなだけなのだ。
「じゃあ、脳が死んだら、解決か」
死んだ後も、続くのだ。
死んでも、魂体と霊体は残るし、脳機能は維持されるので、魂になっても、同じような事が続くのだ。
ごめんなさい。個人的な事を大事にするのが、幸せなのだと気付かされた。
「あ、このblogが個人的な事か」と気付かされたのだった。自分の心が、重要な問題解決の鍵を持っている事に気が付くべきなのだ。
無意識イメージの疏通が必要なのだが、これからその領域が発展するだろう。

新しい国語の融合問題① 諺とイチローと日常

新しい国語の融合問題
覚える事が重要ではなく、活用する事が重要なのだ。これは、論をまたないだろう。
これからの時代は、
既存学習事項と、日常生活、そして先端事例、宇宙のヒトツの動きをリンクさせた
「四角形的スパイラル学習」が、誰にでも必要なのだ。

設問①
(ことわざで、「油断大敵」というがある。油断大敵の意味を知る。)

明鏡国語辞典MXには、ゆだんたいてき【油断大敵】
[名]
油断は失敗を招くもとであるから、何よりもおそろしい敵である。
と書かれている。
(当たり前だが、意味の理解だけでは、物凄く弱い。)

その言葉の意味を考えて、自分の日常生活で、「油断した場面」と「油断を回避した場面」を記述しなさい。

(これで、日常に活かすことができる)

更に、アスリートのイチロー選手は、イチローの流儀という著書で、「一日の反省はグラブを磨きながら。昨日試合後に何を食べたか、よく眠れたのか、ということから、実際にゲームが終わるまでに起こったすべてのことをよく振り返って考えてみる」という油断しないような取り組みを日常生活でしている。イチロー選手は、先端事例としての紹介である。
これで、自分の無意識マップを、無意識マップの先駆者と比較することで、自分なりの振り返りができる。

そして、更にいえば、
宇宙のヒトツの動きとのリンクがある。
が、今回は、置いておこう。


このような一連の流れを講義中に学習するのだ。

それをグループで相互意見交換と、先生役からの質疑をするのだ。

東大ではなくオックスフォードだからこそ得られる価値とは? オックスフォード大・苅谷剛彦教授インタビュー(オックスブリッジ卒業生100人委員会) | 現代ビジネス | 講談社(1/3)

東大ではなくオックスフォードだからこそ得られる価値とは? オックスフォード大・苅谷剛彦教授インタビュー(オックスブリッジ卒業生100人委員会) | 現代ビジネス | 講談社(1/3)
刈谷ツネヒコさんの書籍も、参考にさせていただいている。オックスフォードからの圧力だけでは、日本の教育改革は、足りないのだ。整理整頓が、きっちりできるのだ。

オックスフォード大学のゼミから、内容の高度さを取り除き、中等教育に活用するためのものだ。

この諺というのは、なんでもいいのだ。


意味を知るというインプットは、中等教育から、変えていく必要があるのだ。問題形式を変えていけば、教育は変わるのだ。
意味のインプットに関して、家庭での学習を増やし、授業は、意見交換に当てるのだ。
今でも、このような取り組みは十分とは言えない。
入試問題を、日常生活に活かした形式に変えれば、それで事が足りるのだ。
18歳までのどの人も入試問題を、目標に据えているからだ。
負荷を漸次的に変えて、稚拙から技巧に変化させていくのだ。何をしているかどうかを表現すれば、先生役も、どういうレベルかがわかるのだ。




ーーーーーーーーーーーーーー
以下は、読まなくて良いものだ。

これは、散文的エッセイだ。自分の娯楽と自戒をするために書いている。
設問① 貴方の油断した場面を、散文的エッセイを書け でいいのだ。


循環が回っていると、気持ちが良くなる。が、それだけではないのだ。感謝を忘れている事に自分で、気付く事なのだ。私も、ついつい、万物への感謝を忘れた状態で、油断をしてしまうのだ。それは、金銭的なプレッシャーと引き替えに、しっかりとやるべきものなのだ。
ついつい目の前の、粗末な人間勝手な考えに染まってしまうのだ。これが良くないのだ。ある意味、スポーツ選手よりも厳しい。それは、スポーツ選手は、試合があるので、試合中に肌の感覚で、油断がわかるからだ。
が、一般の人は、自分が油断しているという事も忘れてしまいがちだ。ただ、誰もその甘さを指摘してくれる人はいないのだ。それが、自立した人間というものだ。
なので、感謝学という学問がしっかり普及してくれる事を祈りたい。
自らを律するのだ。ごめんなさい。ありがとう。なのだ。
つまり、人間は、自律し続ける生き物なのだ。私は、大量破壊兵器のように、大量に油断してしまい、結界が崩壊してしまった。これは、余りにもムゴかったのだ。が、きちんとペースを守る事で、変わってくるのだ。
人間の無意識マップを広げるには、自律させながらも、横道にコースチェンジさせるように、仕掛けるのが得策なのだ。それは、人生の転機というものでもある。感謝状態からの異様な変化に気付くと、物事がまたスムーズに行くのだ。
何かを持ち続ける事が、どれほど怖いか、貴方はまだ知らないのだろう。人間には、触れると恐ろしい世界があるのだ。そう、パンドラの箱だ。開けてしまってからでは、遅いのだ。人間は、やはり檻の中にいた方が、気楽なのだ。
後で、謝っても、後の祭りなのだ。やはり、知的好奇心と勇気であっても、開けていけないものがあるのだ。
開けると、この世界の真相が肌身でわかるが、とても怖い世界なのだ。ごめんなさい。ありがとう。人間には、普通の恐怖が必要なのだ。
どれほど、この肉体がある事で、気楽な世界を生きているかは、あなたはわからないだろう。どの人も、地獄には行かないように気をつけることだ。
どんなに虚勢を張っても、そこには立ち寄ってはいけないのだ。開けてはいけない箱があるのだ。どんなに怖いとされるホラー映画よりも、怖いのだ。ホラー映画は、とても有り難いのだ。ホラー映画の主人公に視点転移するのは大切なのだ。人間が考えているより、もっと真相は怖いものだからだ。が、無知な私は、その怖さに気付かないのであった。
ーーーーーーーーーーーー
感謝、油断、パンドラの箱、ホラー映画
への感謝と展開するのだ。

エッセイ、随筆、小論文の違いと共通点

エッセイ、随筆、小論文の違いと共通点

人生で、絶対にやってはいけない事の教育

私は、無知だった。この世界で、絶対にしてはいけないことがあるなんて。教訓と自戒のために、書こう。
人生で、本当にやってはいけないことがある。ランキングにしてみた。
①悪魔霊媒 (偏差値74)
ーーーーー
②恒常的な自殺願望や復讐などの悪想念発揮(偏差値64)
ーーーーー
③日常的なカルマを溜める動作(惰眠。過剰なセックスやオナニー。過剰なゲーム。過剰な情報収集)(偏差値54)

といったものだ。
①番だけは、絶対に絶対にやってはいけないのだ。勿論、やろうと思って、できる人とできない人がいるが、できそうな人は、踏み入れてはいけない。これは、そこいらの心霊スポットにいくというレベルのものではないのだ。

②に関しては、悪いのはどの人もわかるが、知らず知らずに、結構色々な悪想念を自分で蒔いているのだ。これは、ピンきりなのだが、警告のために、二番にした。
三番は、まあ魂的に悪いとは、誰もが感じているはずだ。
ちなみに、人殺しに関しては、状況にもよるが、偏差値68なのだ。
心霊スポットに行く程度は、偏差値54ぐらいなのだ。①と②をしないだけで、まあ人間らしくは生きられるのだ。カルマを溜めないために、③も配慮するのだ。

あくまで目安なので、状況により、変動はする。が、目安がわかれば、それをしないように努める事ができる。
私は、このランキングに載ってることは、しない。怖すぎるからだ。日常的動作の③も、塵も積もれば山となるという意識が大切なのだ。ごめんなさい。ありがとうございます。
逆に、人生で、本当にやったほうがいいことというのも、存在するのだ。
分かりやすく言えば、何事にも感謝なのだ。感謝というのは状態なので、感謝状態をキープするために、動くというのはあるのだ。

日本で絶対にやってはいけない8つのこと―中国ネット -- Record China
http://sp.recordchina.co.jp/newsinfo.php?id=148517

日本で絶対にやってはいけない8つのこと―中国ネット -- Record China
まあ良くない。マカオでも同じでしょ。

私は、絶対にやってはいけない呪い系に関しては、あまり興味がない。自分が好きだからだ。