verymuch8’s blog

先に申しますと、保険をかけてるというより、誠意表現ですが、ここに書いてある記事は、役に立つ事実はほとんどないでしょう。 その分野をよく知らない人でも分かるように、分かりやすい事例を用いた直情的な文章のため、傲慢な態度で、読みたくないという方には、申し訳ないですが、なかなか品格がある文章に校正する時間がありませんのでご了承下さい。スピリチュアルや哲学が主な分野ですし、まやかしに過ぎないです。専門分野は、日常生活の微差(微妙な差)の研究です。こんなプログではございますが、訪問してくださった方に少しでもお役に立

記憶法 精神病棟の実態 記憶障害

記憶力法と記憶障害
記憶力はとても様々なものがある。受験勉強で、偏差値を20upさせた時は、様々な記憶法を駆使した。例えば、追読というものがある。相手が言ったものをすぐに頭の中で、話すというものである。または、それをすぐに暗唱するというのもある。脳をよく使えば使うほど元気になってくるのだ。記憶法というのは、英語の勉強でも使えるものだ。英語の勉強で言えば、一度英単語を聴いて、その後、日本語を言ってもらう方法もある。もしくは、その逆の英語で言ってもらって、その後日本語で言ってもらう方法もある。また、単語や文章を書くというものも大切な動作である。読み一辺倒や、聴くだけだと、成績はなかなか上がらない。どうしたら、仕事が捗るかというと、自分がした事をもう一度振り返る必要がある。人に喋るというのも一つである。他には、書くというものである。できるだけアクティブに話すというものが必要である。この辺りは、アクティブラーニングというものをお勧めする。平たく言えば、脳をよく使うのが、アクティブラーニングである。俺は、記憶障害になったが、徐々にほんの少しずつ、覚えていられる量が増えてきている。相手が言った事を、心の中で、暗唱するのである。日本史や世界史は、それが必要なのである。数学に関しては、わからなくなった箇所から、勉強し直すのが一番大切なポイントである。相手の意見を聴かずにとにかく良く喋る人を、うとましく、また、羨ましく思う事もある。俺は、どちらかと言えば、ちゃんとコミュニケーションを取りながら、ゆっくりと喋り合うのが個人的に好きである。業務に没頭して、コミュニケーションが取りづらい職場もあるだろう。端的に物事を報告・連絡・相談つまり、「報連相」というのは必要である。新規の営業開拓では、微細なコミュニケーション、それがとても重要である。ビジネスの場では、その微細なコミュニケーションがされないと、クレームやトラブルになるものである。謝罪をいかに早く正確に行う事が、未然に炎上を防ぐポイントである。人情としては、億劫で、なかなかすぐに謝罪を言えないものである。自戒が必要である。記憶法で言えば、やはり、目隠しする赤シートがとても大切になってくるのである。恵まれた教育環境で育った人とそうでない人では、能力格差が出てきてしまう。ビジネスの慣行というものを覚えていくのである。やはり、新入社員としては、ビジネスの基礎を学んでいくのである。手紙の書き方も、教育されたかされていないかで、全く違うのである。基本的には、OJTでみっちり鍛えてくれる会社とそうでない会社に分かれる。大手企業で育った人は、その辺りを自然と学んでいくのである。ベンチャー企業では、なかなか教育機会に恵まれないケースもある。ただ、この辺りは、私の得意分野ではない。良い学校・良い会社に入った人は、それなりに幸せな人生を歩める可能性は高いのである。微調整を繰り返しながら、仕事の微差のスキルを学んでいくのである。私の得意分野は、どちらかと言えば、世の中の不幸をどうすればいいかという方である。意識の高さが上がりすぎると、浮いてしまう部分もある。
話は飛ぶが、統合失調症は、急性期、消耗期、回復期がある。急性期は、幻聴・幻覚が聞こえ、ネガティブイメージが脳内を支配するのでとても辛いものである。消耗期は、それが段々と落ち着いてくるのである。回復期になると、映画や漫画を楽しめるようになる。本調子までは、三年近くかかるという説もある。入院生活で、楽しみというのは、なかなか重度の場合、難しいものである。日常生活に支障をきたすからである。トランプやUNOも楽しめないものなのである。事務仕事で座りっぱなしの人は、便秘や腰痛になりやすいので、ちょっとでも、イスに座りながら、体を動かしたほうがいい。辛い職場の人は、微調整をし続けるしかない。仕事は、やはり根性もとても大切なファクターである。反骨精神のようなものも必要である。また、勿論、しっかりした睡眠を取ることも必要である。長く地道なトレーニングが必要なのである。マッサージを受けたり、深呼吸をしたり等の回復法が必要不可欠になってくる。人間は、かなり丈夫に作られているが、やはり良い睡眠は、良い生活を送るのには、マストである。良い睡眠は、記憶に効果があるのである。記憶には、短期記憶と長期記憶があるが、長期記憶に入れるのには、医学的には、6回の反復が必要とされている。英単語も6回やれば、長期記憶に入るのである。人間は、長期記憶に入る量というものがあるので、いらない情報は忘れるように作られている。受験勉強で暗記したものも、不必要なものは、一段下の思い出しづらい記憶層に入る。昼寝を一日30分程度入れると、頭がすっきりして、記憶層がきっちり入るようになっている。1分でも寝ると、人間は、ハイパー睡眠のようなものがあり、回復するようになっている。どれぐらいハードかは、仕事量に依る。人間一人を多量の情報体として認識する事もできる。目に見えない世界でも、情報体は、絶えず流れている。ストレスというのは、全くないのも良くないのである。適度なストレスが必要なのである。精神病棟では、ストレスを極力初めの頃は、与えないように作られている。保護室というトイレと布団しかない場所に隔離もしくは、拘束隔離されているのは、とても辛い経験だ。ただ、有効性もないとも言い難い。幻聴を含む幻覚がある人には、刺激を少なくして、薬を飲ませるというのも、悪いとも言い難い。しかし、寝てばかりいるのも、体に悪いのである。私の場合、やることがないのにずっと起きているのは、とても苦しい思いがあった。刺激を減らして、薬が効くのをずっと待つのである。幻聴が直る人と直らない人に分かれるのである。魂の宿命である。ほとんど直っていないのに、退院する女性もいた。原則、3ヶ月という一般的な目安があり、医師もそれに合わせて行動している節がある。ただ、少しだけ例外があり、慢性期の病棟に行かされるケースもある。あの泣き叫んでた子は、どうなったのかと思いを馳せるのであった。日常生活が、とても困難な人である。脳内もほとんど動いていないと推測される。徐々に直っていく人とそうでない人に分かれるのである。これは、他の鬱病等の精神疾患でも一緒である。私の場合、鬱を発症してから、1年半かかった。今でも、ちょっぴり健常者と同じくらいの鬱はあるが、問題ではない程度である。鬱の克服法は、色々あるが、私の場合、ただ寝るのと、霊症の線を探るのと、ある人に喋り続ける毎日だった。精神病棟では、薬を毎日同じ時間に飲むのが、絶対的であった。断ると、ほぼ無理矢理ナースに飲まされるのである。精神病者として、扱われていると、薬は絶対的であった。薬もどの遺伝子に働きかけるか違うので、医師と患者も試行錯誤である。薬を信じる人と信じない人どちらもいるのである。保護室にいる人は、記憶喪失している人もいた。患者同士のいざこざも定期的に発生している。これには、裏の世界では、意識体が絡んでいる。わりと些細な口喧嘩がある。どの人も複雑な事情を抱えているのである。次の行き場がない人は、ずっと入院しているのである。老人ホームのように使っている人もいる。統合失調症等の精神障害の人もいる。症状によっては、転棟や転院になる人もいる。発狂する人もわりといるのである。統合失調症には、軽症から重症まで様々である。ただ、病気が原因なのか、意志が弱いからなのかは、選別しづらいものである。話は変わって、私も、正直朝起きたくないという魔にやられる事もある。一瞬で勝つか負けるかというのは、人生を大きく左右する。自己啓発本ではなくて、自分の意志でやらなければならないものなのである。会社等の強制的なものに依らずに、自分を律するのは、とても困難なものなのである。朝早く起きるには、やはり早く寝る事なのである。病気という言い訳とものすごく強い魔というのは、紙一重なのだ。サラリーマン等の人生は、魔との連続なのである。ただし、何々しなくちゃと、あれこれやり過ぎるのも、行き過ぎると、病気になってしまうのだ。人間の体は、意外に強くも意外に弱くもあるのだ。徐々に負荷を上げる方法か、スパルタ式で上げていく方法がある。どちらがあるかは、相性の問題である。
続いて、一番深層世界の神の正体というのは、あるフラクタルな動きそのものなのだが、これは瞑想の達人か、神の世界を追求した人でないと、見えないものなのである。これは、不立文字なので、言語化するのは、とても困難なのである。他の霊媒師では、霊に見せる事ができないと言われていた。無になったり、有になったりと時間がない世界なのである。ある瞑想状態、アルファー波やチベットの僧ができると言われているシータ波以上の状態にならないと見ることはできないと思われる。この最下層の映像は、お湯が沸騰している様子が似ている。ゼロが無限になったり、無限がゼロになったりする次元が違う世界なのだ。夢で見せた方がいい場合、夢で見せられるのである。夢の世界は、とても追求しがいがあるのである。複数の魂が宿っているので、私の体から、抜けたいと入りたい霊とに分かれる。抜けても良い霊と抜けると困る霊に分かれるようだ。霊にも多種多様な役割がある。人間に近い霊と遠い霊に分かれている。物質に近い霊と遠い霊もある。例えば、人同士の縁づくりの霊もいる。想念を上げる霊もいる。日常動作では、毎日ちょっとずつ工夫するのが肝要である。霊と魂の違いは、霊の方が魂より広いのである。話は、記憶法に戻るが、例えば、美香子という名前の人がいたら、美しい香の子というように例えると、脳内に入りやすいのである。暗唱したり、メモに取ったりすると、記憶に残りやすい。霊界対戦の時に、、顕在意識がなくなってもいいという覚悟で望んだ。ただ、その対価と代償は大きなものになった。代償の方が大きいぐらいだ。これで、なかなか脳に記憶が残らないようになってしまったので、リハビリの毎日である。脳内には、意識の器と無意識の器があるのだが、通常どの人も顕在意識を使っている。無意識の器というのは、瞑想を訓練すると、使えるようになる。無意識の器は、本質的なものに近くなる。霊の世界は、なかなかに怖い世界とも言えるのだ。霊能者になったからと言って、魔法使いのようには、それぞれ葛藤があるものなのだ。話は、夢に戻るが、深層心理と夢は、良くつながりがある。俺の場合は、元カノへの情があるので、夢に現れる場合がある。また、遊びが足りないので、遊ぶ夢もよく見る。深層心理と記憶層の情報体のやりとりが行われている。好きな人が、脈がないのは、辛いものである。ただ、やはり相性というものはあるのである。残留思念との戦いというのは、少なからずの人は、経験しているだろう。どうしても人は、過去の残留思念に囚われるのである。達成させたい思いというのが、あるのである。昔の事を素敵や良い思い出というのは、今が幸せじゃないとなかなかそう思えないものである。残留思念の消し方は、①時が解決する②残留思念に向き合う③残留思念を避ける④残留思念に似た物事に挑戦する⑤残留思念よりも大きな挑戦をする等である。人間というのは、より面白い方に傾く性質がある。具体的には、俺は東大受験に挫折した経験があるが、ものすごい強い残留思念があり、9割近い克服に9年かかったのである。周りの人へのアドバイスもあったし、他の方法を試したりもした。想念を送った分だけ、残留思念は残るのである。こうしたいというのが現実で回っている場合は、夢に現れづらい。心から湧き出る力動に動かされているのである。夢だと、リスクがない短編映画とも言えなくはないのである。人に会ったら、冗談を言うという想念や決め事をしている場合、それが、現象界で起きてくるのである。


□追記

記憶障害が、本当の意味で昇華できるようになってきた。なかなか書ける時間がないが、書ける日が来ればいい。