verymuch8’s blog

日々の様々な事を雑多に書いてます。スピリチュアルや哲学が主な分野です。専門分野は、日常生活の微差(微妙な差)の研究で、日常生活でふと疑問に思う事を書いています。

ワールドワイドの仲間を作るには

ワールドワイドの仲間と協力する体制とは
やはり、ワールドワイドの仲間と結束して、物事を進めると、悟りを増進させる事ができる。大陸毎に、各地に散りばめられた仲間と共に悟りを増進させることができる。学窓の体験は、後々のワンポイントの情報交換や仕事に繋がる。が、一蓮托生になるには、それだけのモノが必要なのだ。それだけのモノとは、一緒に共有した記憶層と、とてつもないコンテンツやとてつもないパッションが必要なのだ。仕事をしたもの同士は、また仕事をする事になる可能性が高い。ただ、頭ばかりの増長では、物事の真相がわからない。有る程度影響力が強い人が必要なのだ。純粋フラットにする話し合いがしやすいからだ。ただ、権力にまみれると、純粋フラットにできないのだ。この権力にまみれないというのは、非常に勇敢な戦士でないと、困難なのだ。また、とてもクレバーで、かつおバカでないと、理想を成し遂げる事ができないのだ。世界を旅するのもいいだろう。連絡先を聞いて、すこし情報交換もいいだろう。が、やはりその程度で終わるのだ。悟り合う事が大切だからだ。ワールドワイドの仲間達に囲まれると、固定観念を持ち続けるのが、難しくなるのだ。人は、人種、肌の色、言語、文化、で人を判断しがちなのが、自分達でわかるからだ。企業がグローバルの人種で、栄えるのも、そういう所を嗅ぎ取っているからだろう。日本人的な固定観念をとれるからだ。日本人的な固定観念で、ある一定の習慣やルールができるのだ。が、それは、時として、自分達をくるしめちえる。ただ、これも視点を獲得すればいいのだ。私は、国際結婚のために、ナイジェリアの奥地の山娘を探して、トキメいて、色々な障壁をクリアするのも、それは楽しいものなのだ。そんなのありえねだろというのが、またドラマチックなのだ。が、実は視点を獲得すればいいのだ。そうすると、とても悟りに繋がるのだ。自分達の文化がおかしいというのは、あまり誰も思わないものだからだ。もしかして、自分達の文化はおかしいのかもしれないという発想も、時に自分達を助けてくれるのだ。文化の違いを乗り越えましょうという、貴方の姿が被るのだった。国際平和団体を設立して、共に悟りたいと誰もが思うかもしれない。人間の思いこみをとるには、国際人と共に歩むといいのだろう。日本人は、とても分厚い固定観念を持っている。確かに、にんにくのパックを捨てるともったいないという思考は大切だ。が、相手がにんにくに感謝していない、注意を聞き入れない、改心しない場合は、時には、ニンニクパックを丸ごと捨てる事も徳になるのだ。この辺りが、大自由のアイデンティティなのだ。たかがにんにく、されどにんにくなのだ。無料で持ってきた罪のために、無料で捨てて後悔させるのだ。やはり、貧乏性は、疫病神だったのだ。自分の今までしたことない行為を、自分の内心の声と葛藤しながら、やってみると、意外とお互いにスッキリするのだ。私は、食べ物を粗末にする人ではないが、食べ物を粗末にする人を懲らしめる役もこなすのだった。固定観念のブロックが自分だと思い込んでいるのだ。それで、自分と相手を苦しめているのだ。人は、今だけで見るのも危険な行為なのだ。確かに今と過去を見るのも大切なのだが、それにより、未来を狭めてしまっている。人に対して、このような暴挙に見えることをヒステリーでするのと、深い洞察に基づいた知性でやるのでは、雲泥の差なのだ。自分の中で、国際キャリアを取らないと、組織の国際人に依存してしまうのだ。その人が、抜けると、パッとその波及効果が消えてしまうのだ。代えが効かない人に成ることもやはり大切なのだ。引き寄せ続けるには、それだけ純粋意識を広げる(宇宙の剰余)必要があるのだ。ある一定までいくと、人間は、ここまででいいと思い込んでしまうのだ。そうすると、組織が崩壊に向かうのだ。あらゆる視点の獲得は、自分達を苦しめずに済むのだ。ありえないと思う発想が、抜群の好手なのだ。今の時代には、不労所得というベーシックインカムがないと、どうしてもその恐怖で、思考が流れて、流されてしまうのだ不労所得をカルマを作りながらでも、取り切り、そこのカルマもしっかりと解消する必要がる。不労所得を得ながらも、自己保身に走っては、またカルマを作るのだ。各自が不労所得を得ると、もっと深い話ができるようになるのだ。本音で、より良い社会を作る事に専念できるのだ。前例踏襲で、99パーセントはうまくいくようにできているのだ。そして、若干だけ自分の新しい視点を取り入れるのだ。が、しかし、どうしても人は、その同じような領域の視点をとり続けてしまうのだ。それで、成功していると、それでいいと思いがちなのだ。が、本来は、もっと新しい領域に、心の底では、生きたいと思っているんだ。社会的に無謀なラインは、避けるようになっている。経験というのは、ある意味、記憶層とも言えるのだ。そこから、必要な記憶を引っ張っているのだ。が、本だけの記憶と若干の経験だと、取る記憶が間違えてしまうのだ。要は、自分の無意識マップは、その領域が埋まっていないのに、埋まった人の話を、真に受けると、どうしてもそのギャップが生まれてしまうのだ。ただ、本を読むと、それだけ領域が広がるとも言えるのだ。そうすると、だいたいのイメージが繋がって、ある程度、間違えないイメージを引っ張れるようになるのだ。