verymuch8’s blog

先に申しますと、保険をかけてるというより、誠意表現ですが、ここに書いてある記事は、役に立つ事実はほとんどないでしょう。 その分野をよく知らない人でも分かるように、分かりやすい事例を用いた直情的な文章のため、傲慢な態度で、読みたくないという方には、申し訳ないですが、なかなか品格がある文章に校正する時間がありませんのでご了承下さい。スピリチュアルや哲学が主な分野ですし、まやかしに過ぎないです。専門分野は、日常生活の微差(微妙な差)の研究です。こんなプログではございますが、訪問してくださった方に少しでもお役に立

志教育 嘘 間違った志

そもそも、志が間違っているケースがある。
昔、自分が不幸のどん底にある時に、誰かに助けれてほしいと思ったものだ。
誰かが助けられないのだ。神も助けづらいのだ。
大人になるにつれて、それが不可能に近い事を知った。
何かの責務がある人は、その仕事を優先するので、そこまで踏み込めないのだ。
その時は、誰かがレールから外れた場合に、子供や大人のキャリア保険というものを、ビジネス化したらいいと思っていた事があった。
が、キャリアを保証できない現実がある事を知った。
例えば、病気で入院生活を余儀なくされる事がある場合に、それを保証できない。
保証できないものを、保険にする事ができないのだ。
もし、仮にお金をもらい積み立てても、積み立てた時に、それを是正するのが難しいのだ。
専門家でも、難しい場合に、専門家集団でも、引きこもりのある特定の子を救い出す事が難しいのだ。
専門家集団は、なかなかお金もかかるので集めるのも一苦労なのだ。
コネクションがあれば、できる事とコネクションがあってもできない事があるのだ。
簡易的な教育や施術では、お金をもらっている人は、納得しないだろう
ただ、私のように、レールから脱線しまくった経験があるので、レールから脱線しない教育というのはあるだろう。
みんなと同じ行動を取る事を心掛け続けるのだ。
結論から言えば、自分でどうにかするしかないのだ。