verymuch8’s blog

日々の様々な事を雑多に書いてます。スピリチュアルや哲学が主な分野です。

夢と不立文字 精神病院 閉鎖病棟 実態と特徴をブログに

今回は、夢についてのお話です。また、精神病棟の実態についてです。
書いている事は、信じるか信じないかにかかっています。信じない人は、信じないでも、遂行されるようです。

死んだ人は、自分の人生の総決算を行う事になるそうです。自分の限度を越えたものが、それに当たります例えば、引きこもりをして、過度に心を閉ざした場合には、それを補うカルマの解消をする必要があります。死後の世界でも、同じ事が言えるそうです。例えば、ひきこもりで、心を閉ざした分、ケースによって、強引に、または柔軟に、引きこもり防止補助員の人から、プレッシャーを受ける「画面」を、夢などで、見る事になる可能性があります。過度になって、深刻になればなるほど、夢や現実で、消化する必要があります。
夢で、何をしているかというのは、科学的な定説では、記憶の整理整頓をしているようです。また、潜在意識にあるものを消化するためにもあるようです。例えば、私は、今現在会っている人ではない人が多く登場して、意味深な夢をよく見ます。
夢を見ないのも、意味があるのです。たいてい、熟睡しているノンレム睡眠時には、夢を覚えているわけではないようです。夢を覚えていないのは、思い出すと辛くなる場合もあります。なので、覚えていない場合があります。


ところで、般若心経にあるのは、よくわからない場合があると思いませんか?
【禅語】 不立文字 ~文字で真理は悟れない~ - 禅の視点 - life -


【禅語】 不立文字 ~文字で真理は悟れない~ - 禅の視点 - life -



「色即是空、空即是色」のように、反対の事が書かれています。それが、一番深い層では、混在していますが、ドッキングされているようです。何事も、反対に見える事も、実は、不立言語の中では、反対ではないのです。が、人に説明するために、言語化すると、どっちつかずのイメージになってしまうという欠点があります。相手の悟りと知識次第で、内容がわからない場合がたくさんあります。ただ、何事も反対の視点もイメージ化すると、更に奥のイメージが呼び起こされます。それを長らくしていると、ある一定の方向に向かう事になる場合があります。どちらかと言えば、こちら側になるという所です。それは、その本質の不立言語とマッチングがどこまでされているかという所にあります。例えば、教育改革で言えば、もっと暗記教育から、脱却して、悟りの問題形式に変えていく必要があります。
教育の本質は、そこにあります。ただ、悟りの融合問題が、世の中に普及するには、2070年ぐらいになると思われます。教育の本質は、あるイメージを獲得できるかにかかっています。平たい言葉で、表現すると、「ふざけんな」「ありがとう」「ごめんなさい」「あはは」がうまくブレンドされた状態です。それに、どの人も向かってはいます。が、なかなか実生活では、それを行い続けるのは、大変難しい所では、あります。なので、場面場面に合わせて、一つ一つの動作で、覚えていく必要があります。
教育問題を語る場合には、そこを理解している人が、皆無に近いと思われるので、それを論題にあげるのは、大変無理に近い所ではあります。教育を長年追求し続ける人でないと、その深い意味がわからないのです。ただ、勿論、普通に科学的な教育も、必要です。人間社会を、うまくやっていくには、欠けている所があるとうまくいきません。例えば、相手を怒らせてしまった後に、「ごめんなさい」が言えるかどうかです。もっと良いのは、四種類の状況で、疎通しきる方が良いのです。が、俺も人間なので、「ふざけんな」という観点が、抜けてしまいがちになります。この「ふざけんな」というのは、適切な時期に行わないと、火種が炎上してしまいます。なので、俺も、なかなか相手を怒らせてしまった時には、謝罪しきる方が無難なのです。相手との関係性によって、この「ふざけんな」を途中に入れるか入れないかは、その当事者同士によります。怒りも、悟りの一種です。が、間違った使い方をすると、より火種が倍増してしまいます。なので、ビジネスの場では、ふざけんなというのは、表向きは、言わない場合が多いです。基本的には、仲がいい方が、トラブルに発展しないので、あまり「正義感的なふざけんな」というのは、使い所に迷う所ではあります。

ところで、動物と植物は違います。食べるにしても、生き物である動物を食べるのと、植物を食べるのは、違います。ただ、人間として生きていくためには、動物を食べざるをえないという観点があります。ここから話は変わりますが、私が実体験した話です。私は、引きこもりの体験があるので、夢か現実かわからないまま、要は、意識混迷のまま、引きこもりを強制的に止めさせる人がやってくる夢をまざまざと見せつけられました。このように、カルマが溜まっている所を画面で追体験する必要があるのです。これが、死後の世界に繋がる部分です。死後の世界は、自分の人生の総決算をするところです。ああ、すっきりしたい。何もしたくない。いや、何かしていきたい。



話は変わって、精神病棟の話です。精神病棟には、保護室という一室があり、トイレと布団しかありません。暴れる等や精神錯乱状態の人のための一室です。私もそこに入りました。本当に気持ちが悪い所です。また、たいてい鍵も閉まった所です。そこでは、人権は関係ありません。病棟側が、精神錯乱と判断すると、そこに行かされます。また、隔離拘束といって、拘束具で、ベッドから動けない状態にされることもありました。マンガのデスノートミサミサが拘束されたのに似ています。これがとても心身にきます。暇とイライラとの戦いです。この保護室で、霊界対戦を実体験したのが、私の稀有の例です。その中で、飯の時とたまに人が入ってくるだけです。保護室にいる人は、ぎゃーぎゃー叫ぶ人もいます。泣いている人や怒っている人もいます。落ち着いている人は、鍵が開いて、マンガや雑誌とテレビがあるデイルームに出る許可が与えられます。自分が正常なのに、相手が異常と判断された場合に、とても苦しい思いをします。時間が経つのがとてもゆっくりです。私は、二回保護室に行かされました。病棟側の言い分としては、精神病の法律で施行されるようです。入院患者にとっては、退院請求というのもありますが、通るのは3%のようです。話は戻って、隔離中は、ストレッチ、もの思いにふける、寝る、部屋の中を歩く、ぐらいしかやれる事がありません。ジッと耐えるしかありません。徐々にデイルームに行ける時間が長くなったりします。病棟側の認識としては、精神錯乱中は、刺激を少なくするのが、良いとされています。 状態が良くなったとされる人には、一般病床とされる場所は、鍵が解放されていて、思い思いの活動をしています。漫画や雑誌や新聞、患者同士でのおしゃべり、散歩、お菓子を食べたり、折り紙を折ったり、音楽鑑賞をしたり、テレビを見たり、人によって異なります。調子が良い人や調子が悪い人がいます。病名も様々で、摂食障害の人から、うつ、躁鬱、パーソナリティ障害、躁病、等です。薬を飲むのは、絶対的です。ここで飲まないと言って、揉める患者もいます。私も飲まないといって、保護室に飛ばされた時もあります。入退院を繰り返す人もいます。私は、統合失調症と判断されて、最初の頃は、全然5分も座っているのがきつかったです。動き回って、散歩ばかりしていたので、足が釣りそうになりそうな毎日でした。睡眠に関しては、OTと呼ばれる作業療法以外は、寝るのも悪くはないとされていて、それ以外は、寝ていても注意はされません。医師と看護師もその辺りは、容認しています。休むのも悪くはないという見解のようです。話し出したらきりがないので、今日はここまでです。
精神病院で働く人々が実際に体験した本当に怖い7つの話(閲覧注意) : カラパイア

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鍵がかかる病棟を閉鎖病棟といいます。
精神科の閉鎖病棟とはどんなところ?どんな治療をしている?
http://www.allin1.co.jp/service/psychotherapy/heisa-byoto/

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精神科で入院する期間は?長期入院してみて分かった私の体験談! | 明日を生きる

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