新しい国語の融合問題① 諺とイチローと日常

新しい国語の融合問題
覚える事が重要ではなく、活用する事が重要なのだ。これは、論をまたないだろう。
これからの時代は、
既存学習事項と、日常生活、そして先端事例、宇宙のヒトツの動きをリンクさせた
「四角形的スパイラル学習」が、誰にでも必要なのだ。

設問①
(ことわざで、「油断大敵」というがある。油断大敵の意味を知る。)

明鏡国語辞典MXには、ゆだんたいてき【油断大敵】
[名]
油断は失敗を招くもとであるから、何よりもおそろしい敵である。
と書かれている。
(当たり前だが、意味の理解だけでは、物凄く弱い。)

その言葉の意味を考えて、自分の日常生活で、「油断した場面」と「油断を回避した場面」を記述しなさい。

(これで、日常に活かすことができる)

更に、アスリートのイチロー選手は、イチローの流儀という著書で、「一日の反省はグラブを磨きながら。昨日試合後に何を食べたか、よく眠れたのか、ということから、実際にゲームが終わるまでに起こったすべてのことをよく振り返って考えてみる」という油断しないような取り組みを日常生活でしている。イチロー選手は、先端事例としての紹介である。
これで、自分の無意識マップを、無意識マップの先駆者と比較することで、自分なりの振り返りができる。

そして、更にいえば、
宇宙のヒトツの動きとのリンクがある。
が、今回は、置いておこう。


このような一連の流れを講義中に学習するのだ。

それをグループで相互意見交換と、先生役からの質疑をするのだ。

東大ではなくオックスフォードだからこそ得られる価値とは? オックスフォード大・苅谷剛彦教授インタビュー(オックスブリッジ卒業生100人委員会) | 現代ビジネス | 講談社(1/3)

東大ではなくオックスフォードだからこそ得られる価値とは? オックスフォード大・苅谷剛彦教授インタビュー(オックスブリッジ卒業生100人委員会) | 現代ビジネス | 講談社(1/3)
刈谷ツネヒコさんの書籍も、参考にさせていただいている。オックスフォードからの圧力だけでは、日本の教育改革は、足りないのだ。整理整頓が、きっちりできるのだ。

オックスフォード大学のゼミから、内容の高度さを取り除き、中等教育に活用するためのものだ。

この諺というのは、なんでもいいのだ。


意味を知るというインプットは、中等教育から、変えていく必要があるのだ。問題形式を変えていけば、教育は変わるのだ。
意味のインプットに関して、家庭での学習を増やし、授業は、意見交換に当てるのだ。
今でも、このような取り組みは十分とは言えない。
入試問題を、日常生活に活かした形式に変えれば、それで事が足りるのだ。
18歳までのどの人も入試問題を、目標に据えているからだ。
負荷を漸次的に変えて、稚拙から技巧に変化させていくのだ。何をしているかどうかを表現すれば、先生役も、どういうレベルかがわかるのだ。




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以下は、読まなくて良いものだ。

これは、散文的エッセイだ。自分の娯楽と自戒をするために書いている。
設問① 貴方の油断した場面を、散文的エッセイを書け でいいのだ。


循環が回っていると、気持ちが良くなる。が、それだけではないのだ。感謝を忘れている事に自分で、気付く事なのだ。私も、ついつい、万物への感謝を忘れた状態で、油断をしてしまうのだ。それは、金銭的なプレッシャーと引き替えに、しっかりとやるべきものなのだ。
ついつい目の前の、粗末な人間勝手な考えに染まってしまうのだ。これが良くないのだ。ある意味、スポーツ選手よりも厳しい。それは、スポーツ選手は、試合があるので、試合中に肌の感覚で、油断がわかるからだ。
が、一般の人は、自分が油断しているという事も忘れてしまいがちだ。ただ、誰もその甘さを指摘してくれる人はいないのだ。それが、自立した人間というものだ。
なので、感謝学という学問がしっかり普及してくれる事を祈りたい。
自らを律するのだ。ごめんなさい。ありがとう。なのだ。
つまり、人間は、自律し続ける生き物なのだ。私は、大量破壊兵器のように、大量に油断してしまい、結界が崩壊してしまった。これは、余りにもムゴかったのだ。が、きちんとペースを守る事で、変わってくるのだ。
人間の無意識マップを広げるには、自律させながらも、横道にコースチェンジさせるように、仕掛けるのが得策なのだ。それは、人生の転機というものでもある。感謝状態からの異様な変化に気付くと、物事がまたスムーズに行くのだ。
何かを持ち続ける事が、どれほど怖いか、貴方はまだ知らないのだろう。人間には、触れると恐ろしい世界があるのだ。そう、パンドラの箱だ。開けてしまってからでは、遅いのだ。人間は、やはり檻の中にいた方が、気楽なのだ。
後で、謝っても、後の祭りなのだ。やはり、知的好奇心と勇気であっても、開けていけないものがあるのだ。
開けると、この世界の真相が肌身でわかるが、とても怖い世界なのだ。ごめんなさい。ありがとう。人間には、普通の恐怖が必要なのだ。
どれほど、この肉体がある事で、気楽な世界を生きているかは、あなたはわからないだろう。どの人も、地獄には行かないように気をつけることだ。
どんなに虚勢を張っても、そこには立ち寄ってはいけないのだ。開けてはいけない箱があるのだ。どんなに怖いとされるホラー映画よりも、怖いのだ。ホラー映画は、とても有り難いのだ。ホラー映画の主人公に視点転移するのは大切なのだ。人間が考えているより、もっと真相は怖いものだからだ。が、無知な私は、その怖さに気付かないのであった。
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感謝、油断、パンドラの箱、ホラー映画
への感謝と展開するのだ。

エッセイ、随筆、小論文の違いと共通点

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