新しい融合問題① 日本史、時事、日常生活、内外反転の1つの動き

設問1
上杉憲信は、宿敵の武田信玄に対して、相手方の苦しむ民を重んじて、「敵に塩を送った」とされる。もし貴方が、上杉憲信になったとして、戦争を避けるインスピレーションを与えるために、停戦協定の手紙を送るとしたら、どのようなものを送るか考えなさい。一部の前提として、「領土は渡したくない」と上杉憲信は思っています。


武田信玄殿
貴方と私は、隣同士の領地ですので、諍いが絶えません。が、私も貴方も領主であるので、同じような行為をし続けているに過ぎません。民は、平和な世の中を望んでいます。この戦国の時代にこそ、我々が共に歩む道を探りたいと思い、このような手紙を書きました。私達は、もうこれ以上争う事のないように、条約を取り決めては、いただけないでしょうか。今の領地で、お互い十分繁栄させていけるはずです。異国の者達も多く入り、我が日本を脅かす存在になるやもしれません。ある使いに停戦の協定を申し入れたいところです。私と貴方は、質実剛健ですが、何卒、これからの日本のために、共に一緒に協力し合いませんか・僭越ながら、私としても、私の娘と、貴方様の息子を、お互いの証として、守りませぬか。また、私としては、この家宝を貴方様に送りたいと存じております。何とぞ、良き計らいを期待しております。ご無礼ながらに、文面でまずは、送らせていただきます。
上杉憲信


とまあ、適当な文が出来上がるのだが、このように歴史上の人物に視点転移をして、新しい表現活動をする事が大切なのだ。
「時代認識的に、外国の脅威は、そこまでではないから、少し離れているな。」「政略結婚というのは、一つの形だ」「家宝を渡すのは、少しやりすぎか」とそれなりの評価ができるのだ。というより、
自分で考えた視点を発信する事により、結局歴史上の人物や用語と、同じような事をするという事がわかるのだ。改めて、そのような時代の積み重ねにより、今の自分達がいる事に感謝なのだ。
その人なりの、表現ができる余地がある問題を作るのだ。
上杉憲信性の獲得に繋がるのだ。
「手紙をもっと、きちんと学ぼう」という意欲もできるかもしれない。
そして、武田信玄の断りの、手紙というのも書けばなおいいのだ。
そうすると、自分の何の表現が気に食わなかったのかというのが現れてくるのだ。そうすると、双方の視点を獲得する事になるのだ。「まあ、政略結婚は、信玄は受け入れた試しがあるが、息子は嫌だろうが、、、、娘ならいいかもしれない。」となり、また違う文面になるのだ。文面を送る相手方の情報がとても大切な事に気付く。それにより、密偵の重要さにも気付く。昨今の日米の外交にまで、範囲を拡大して、考えるのも良い。政略結婚が使えないケースなので、それに代わる手が必要だという事もわかる。「現代では、政略結婚の代わりに何になっているのか」という発想も浮かぶのだ。外交というのは、自分が当事者感覚になった時に生まれるものだ。個人と個人のケース。共同体と共同体のケース。国家と国家のケース。と色々なケースを考えるべきなのだ。北朝鮮のキムジョンウンさんに、視点転移をする事も大切なのだ。そうすると、また違う視点を手に入れられるのだ。北朝鮮金正恩さんから、日本に向けた手紙を書くのもいいのだ。こうすると、歴史と時事問題のリンクになるのだ。
「日常生活で、貴方が敵だと思う人に塩を送る文面を考えなさい」と繋げれば、日本史と日常生活にも、繋げることができるのだ。
更に言えば、そこに隠された、宇宙原理というのも、垣間見ることができるのだ。
自分の何が、この事象を引き起こしているかだ。
例えば、私は、ふとんを、手すりに干してしまった。クレームが入った。
それは、地域への無関心からくるものなのだ。それが、積み重なって、現象世界に現れるのだ。例えば、地域の方に、ごめんなさい。の手紙を書くのだ。日常生活とも、自分自身の行動も、このように、繋がるのだ。