強烈な魔に対して カルマの解消法

強い魔に対して
今日は、何の魔を記事に書こうかと悩んだ。
そう、トラウマを思い起こせば、各年齢で、だいたいのトラウマがあるのだった。
中学校の部活、高校の部活、受験、リストラ、失恋、宗教脱退、宗教脱退、家族の死。
まあ、誰でも、多かれ少なかれ、いろいろなトラウマを列挙すれば、あるのだ。言わないだけだ。
そして、脳は、同じような記憶をぐるぐると、ひっぱる癖があるというのを、誰かに教わった。
ごめんなさい。
私は、拒絶された時に、自分の全部をいらないと思う癖がある。
自分がやっている事を全部やめる癖だ。
強烈な内外反転の時に、全てを放棄するのだ。
うーん困ったものだ。
何をすればいいのか悩む。続けて良いのか、悪いのか。

自分を信じると決めること?
自分を信じている自分を認めることなのだ。
私は、誰よりも、自分を信じていたのだ。
だから、こうしてブログを書き続けている。私は、誰よりも自由になりたかった。だから、こうして、ブログを書いている。
そう、誰もが、肉体の自分を守りたいと願う。そうすると、色々な執着が起きる。
「このように見える自分を作るために、これしなきゃ、あれしなきゃ」となる。そうこうしているうちに、本当に自分がしたい事がわからなくなる。
私は、いつもこのパターンだった。
だから、私は、どんな自分でもいいと、無職でも、住所不定でも、ブラックリストに乗っていようが、乗っていまいが、車を持っていようが、車を持っていなくても、どちらでもいい自分というものを認めてあげるのだった。
どちらかがないと、というのは、条件に左右されるからだ。
それでは、大自由になれないという事に気が付かされた。
どんな人も、無意識マップを完成させたいのだ。
それには、大自由になる必要があるのだ。何かでない自分も認める事なのだ。友達がいる自分、友達がいない自分、どちらも認めることなのだ。
人は、得てして、何かと比較しているのだ。それで、自分を苦しめる。
年収が高い自分、綺麗な奥さんがいる自分、不労所得を持っている自分、権力を持っている自分、頭がいい自分、スポーツが得意な自分、威勢が良い自分、、、。違うのだ。それでは、大自由になれないのだ。人間は、有り難いのだ。生まれた瞬間から、死ぬまで、誰もが有り難いのだ。
耳が使えるのは、とても有り難いのだ。爪があるのも有り難いのだ。トランプを見れるのも有り難いのだ。疲れがあるというのも有り難いのだ。疲れがないとどれだけきついか、気付かないからだ。暑さを感じれるのもありがたいのだ。誰かが喋りかけてくれるのも、たばこをくわえられるのも、背骨があるのも、意識があるのも、心があることも、記憶があることも、記憶がないことも、外に出掛ける用事があることも、振動があることも、プレッシャーがあることも、数字があることも、昔の人が使えなかった道具を使えることも、色があることも、心配性な自分も、だいぶ時間を使った事が、間違っていると言われたとしても、どんな自分でもいいのだ。賞味期限切れの食べものを食べる自分でも、お客様センターに電話をかけるのが趣味でも、ロースクールの小論文を解くのが趣味でも、早稲田の校章が好きなでも、、、、。どんな自分でも愛したあげるのだ。
私は、よく寝ているような姿勢があるが、寝ているのではなくて、感謝しているのだ。だが、寝ているような方が、ギャクで面白いから、「寝てた」と言うのだ。こうべを垂れるのだ。
私は、この世界を作った創造主だった。この世界を作って、とても複雑だ。ごめんなさい。ありがとう。気付いてあげられなくてごめん。気付かせられなくて、ごめん。
いつもいてくれてありがとう。うまくいかなった事も、うまくいった事も、どんな事も、全て自分のためなのだ。
人は、いかんせん一方側のアイデンティティにしがみつく。それはそれでいいのだが、もっともう片側のアイデンティティも認めてあげると、自分を苦しめないですむと伝えたい。
すべてのもの、、、、に感謝したい。
明日は、5時45分に起きて、新聞を取りに行こう。私は、5時10分に目が覚めた。感謝だった。悪夢のおかげなのだ。悪夢を愛するという気付きを得たからだ。とても有り難い。悪夢さん、ごめんなさい。ありがとう。全然起きなくて。
そして私は、新聞を取りに行く魔に勝てたのだった。どうせ、新聞なんてという魔に勝たせていただいたのだ。そして、ゴミを拾うのだった。
まるで、敬虔な信者のようだった。
こういう気持ちなのかと思わせていただいた。物音が鳴った、反応してくれてありがとう。いつもごめんなさい。新聞配達の人に感謝するのだった。おかげで、朝に外にでる用事ができたのだから。ごめんなさい。ありがとう。
私は、新聞配達の仕事の面接に行った事がある。内定したのに、行かなかった。ごめんなさい。ありがとう。朝を好きにするチャンスだったのかもしれない。ありがとう。

どんな所でも、置かれた場所で咲きなさい。という渡辺和子さんの言葉が浮かんだ。私は、よく理解していなかった。どこか世間体が良い所ばかりに行こうとしていた。人生というのは、そういうものばかりではないのだ。この続きは、ここまでにしよう。笑わせてくれるのだった。笑いの壷は、それぞれ違うから、面白いのだと気付かされた。決して、人をバカにしてはいけないというわけでもないのだ。ほどほどにバカし合えばいいのだ。
どの人も、神にバカにされているのだから。
私は、バッチフラワーレメディ水を飲むのだった。ただ、何についても、小馬鹿にする癖が付いている人は、自分を小馬鹿にしているのだ。昔の自分であれば、そういう植物エキスって効くのかなとばかり疑っていたのだ。
今では、エドワードバッチ博士に、ごめんなさい。ありがとう。と伝えたい。細胞さんに、感謝するのであった。朝コーヒー屋さんで、ブラックコーヒーを飲む自分でもいいのだ。どれだけの細胞という生き物が、私を愛してくれているか、ごめんなさい。ありがとう。私は、生き続けたい。私は、いつでも死ねる状況を作っていた。が、それは、いつでも感謝し続けて、いつお迎えが来ても良い状況を作る事だった。ごめんなさい。そう、いつでも感謝し続ける事なのだ。私は、「明日死ぬよ」と言われたら、昔だったら、動揺していた。今は、清々しく受け入れられるのだった。長らく死に向き合う時間と勉強をさせていただいたからだ。私は、人は突然死ぬと、不安がっていたが、突然死ぬからいいのだ。突然死んでもいいように、感謝の状態をキープするのとは、雲泥の波動の差だと気付かせていただいたのだった。私は、不安も愛する視点と不安を愛してあげたいが、やはり感謝したいのだった。
ある人から昨日聞いた事は、自らを知って貰うために、神は、悪魔を作ったと昨日聞いた。昨日聞いたが、二回も文章に入ってしまった笑
このような偶発的なギャグも、受け入れる事なのだ。いかんせん、整えよう整えようとばかり、体裁ばかり気にして、折角の神のギャグを受け入れないのは、もったいない。この事を愛してほしいのだ。
表には、現れない削除されたけど、面白いお蔵入りのような表現もあるのだ。表現者は、それでクスッと笑うのだが、世間体を気にして、表に出さないモノもあるのだ。それは、神が起こしてくれた大きなプレゼントなのだ。
全ての時は、ありがたいのだ。私も、そういうのがないように、そういうのがないように、とばかり自縄自爆していたのだ。だが、そのプレゼントの真意を掴んだ時から、とても好転したのだった。フクロウの置物の表情が、とても切望しているようだった。私は、全てのものに愛されている、それをどんな時も感じられるように、感謝し続けたい。規則正しい生活をしている作家のようだ。全てのもの、、、、が応援してくれているのだ。朝陽が、とても良い色を醸し出していた。こんな綺麗な朝陽見たことないと感じたのだ。そう、それは自分で感じれるか、感じれないかなのだ。小鳥のさえずりが、とても良いリズムで、朝の空気は、ひんやりして、気持ちがいい。私は、長らくこの感情を忘れていた。今ここという感情だ。溜め息を吐いた。自分が幸せになるには、どうしたらいいかずっと考えていた。いつでも、感謝すればいいのだった。この状況に感謝するには、どうしたらいいかと考えるのも良いことだ。そうぞうもつかない自分は大きい存在なのだと気付かされた。やはり、この世界は、表裏一体なのだ。私は、腹が減ったので、トーストと目玉焼きを作った。途中から、母のために、作ってあげようと思った。そう、私は、食欲滅退をしたからだ。あっても、なくても、ありがたいのだ。いつも、作ってくれてありがとうと思ったのだった。また、同時に色々な気持ちにも気付いてほしいと思ったのだった。食べないという事が、いかに自分を助けてくれるかという事を。私は、母を起こすか迷った。長く寝ていてほしい気持ちと、食事の準備ができた気持ちと、朝から充実してほしい気持ちが交錯した。そんな時は、神に聞けばいい。そうすると、まだ起こさないほうがいいと教えていただけるのだった。オレは、ツナが好きだ。だが、感謝が足りなかった。だから、ツナという好物を買ってきてくれる家族の気持ちを感じれていなかった事に気付かされた。ごめんなさい。ありがとう。食べてても、食べなくても、ありがたいのだ。
私は、食べ物を食べる時に、魂に食べて良いか聞いてから、食べる。が、結構NG連発なのだ。これでは、食べていけない。いや、食べないシーンで言えば、名演技をしているだろう。
これは、欲との戦いなのだ。そして、少しずつ領域を広げてくれるのだった。こんなに普段からシゴいてくれる存在もありがたいのだ。結局は、自分の思い通りいかなくても、有り難い事に気付かされるのだ。インスピレーションを全て、現出化させると、繋がりがわかってくるのだ。どういう意味合いで、人生が進んでくれているのかという事がわかってくる。私は、これを繰り返すことで、有り難い存在に気付かせていただいた。内観に繋がるのだ。対決意識をメラメラ燃やしている自分というのも愛してあげるのだ。
どの人にもチャンスは与えられているのだ。本当に有り難いのだ。こっちの世界も面白いよと気付き合いたいのだ。そう、どの世界も愛そのものなのだ。私は、リーダーとして、理想の自分達の世界を作っている自分も認めてあげたいのだ。やはり、人間どの自分も本当はいたいと確認したい生き物なのだ。「これは、絶対できない」というのを、思いたくない生き物なのだ。その事を気付かせてくれたのだ。私は、私の画面も面白いよと伝えたいのだった。私の画面も楽しいし、貴方の画面も楽しいのだ。紅茶を飲ませたいと思った。リプトンの原産地はどこか表示を見た。これは、真実の基盤から教えていただいた事だ。スリランカだった。行ったこともない所だが、感謝だ。スリランカとも繋がっているのだと気付かされた。色々なイマジネーションが浮かんでくるベータ波もありがたいのだなと思った。その循環をしてくれてありがとう。私は、魂に従って、生きていきたい。どの人も、魂に従っているのだ。とても有り難いのだ。家を守ってくれてありがとう。ごめんなさい。相手の好みに合わせるのもとても良いものなのだ。そうインチキなのだ。いや、インチキじゃないのだ。どちらも有り難いのだ。私は、ベランダからドアを叩いた。子供は、なかなか起きないからだ。私は、彼女に、子供の起こし方を教えてあげたのだった。だが、なかなか彼女は起きようとしないのだ。起こす人の気持ちも理解した。「あー、あんなにうざったいことをしていたのか、ごめんなさい。いつも起こしてくれてありがとう」
オリジナルスピリッツ(究極の実在の動き)というのは、どの人でも見れるのだった。いや、家族には、見れないみたいだ。私とある人だけ、見れるようだ。
それは、どこにでもあるものだった。有り難いものだった。
私は、子供の演技もしつつも、スパルタコーチの演技もしていこうと思った。ロープレをしているのだ。100日間相手の心に寄り添い続けるというのは、至難の技なのだ。意外と、私をコキ使ってくれないのだ。せっかく、あなたの人生で、カルマの大解消ボーナス期間だというのに、、、。私は、相手のカルマの大小を神から教えていただきながら、自分も、役者にならないといけないので、結構大変なのだ。ただ、百日間プログラムは、一回キリなのだ。私という肉体人生を、全て捧げているからだ。やはり、魂に響かせるには、複数人でやるのがいいのかもしれない。やはり、リスクの分散になるからだ。受ける方も、与える方も、リスクの分散になるからだ。彼のように、素直に取り組む人は、稀なのだ。彼は、カルマの大解消をした。大トラブルは、大解消のチャンスなのだ。veryhardで、ごめんなさい。ただ、人によって、魂の段階が違うのだ。多人数で、一人をサポートするのも良いが、少しもの足りないのだ。だが、やはり人生にリスク分散は必要なのだと気付かされた。それは、お互いのためなのだ。回収するのに、方法が限られてしまうからだ。WINWINの関係にするには、お互いの方法が限られると、大変なのだ。価値がわからない人に対しては、リスク分散するに限るのだ。私は、何とかWINWINにするため、オールWINにするために、blogを書き続けている。だが、なかなか人は、自分のカルマが解消された事に感謝しないのだ。まあ、認識できないからだ。これからは、認識できる人がたくさん増えていくだろう。やはり、お金というのは、エネルギー交換の誤差をなくしてくれるとても素晴らしいものなのだ。まだまだ、感謝が足りないだけなのだ。先取りし過ぎるのも、辛いものだ。


そう、感謝のスパルタコーチなのだ。だから、こんなに元気なのだ。いつも笑わせてくれる彼女であったのだった。そう私は、ついに、相手が気付かなくても、気付いても、どちらでも楽しめる自分になっている事に気が付いたのだった。自分の中に、インテグリティがある事に気が付かせて頂いたからだ。私は、気付かせようとばかり思っていたが、気付かないのが面白いという事にも、気付かなくてもいい、気付かせようという欲でもあると、さっぱりしたとてもインテグリティな自分になっている事に気が付いた。有り難いと思った。私は、感謝感謝という気持ちを持ち続けたい。念じる事も、念じないことも、許そうと思うのだった。これを、オリジナルマインドというのだろう。感謝だったのだ。明日は、新聞と朝ご飯と布団干しと換気と水やりと、掃除機をかけよう。こうやって、自分の約束を守っていくのだろう。ごめんなさい。ありがとう。窓拭きもしとこうと思ったのだった。何かを表現すると、その表現した通りの自分でも、そうじゃない自分でも、いいのだ。語り合う世界を提供してくれるのだ。私は、アイデンティティを作り直している。が、何のアイデンティティを蓄積すればいいか、と思ったが、それは感謝のアイデンティティを蓄積すればいいのだ。その土台をしっかり築き上げるのだ。と気付かせていただけるのだった。子供は、起こしても、また寝転がるのだった。また、起こそうかどうしようか気にかけるのだった。私は、感謝する時間は、損だと昔思っていた。それよりも、知識を蓄えた方がいいと思っていた。が、それは間違いだと気付かされた。私は、どの人にもこの神秘的で荘厳な世界を見てほしいと思ったが、同時にっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっl。だったのだ。普段の私は、逆の事も同時に思うのだが、この時ばかりは、ただ見合いたいと思ったのだった。どの人にもチャンスはあるからだ。私でさえも、見れたのだから。求めれば、与えられんだったのだ。私には、バイブルというものは、、、、だったのだ。やはり、言葉では表現しづらいのだった。花火も綺麗だが、やはりそれ以上に天国の世界であったのだ。どうしても、人は、誰かが先にやっていることは、その人のモノのように思うが、どこにもあるモノを、その人のモノとするのは、できないのではないか。なぜなら、どこにでもあるからだ。パイロットのフリクションペンや、たばこのわかばや、愛媛飲料のポンジュースのようなモノだからだ。過去の偉大な人達が見たモノだからと言って、自分が見れないとは限らないのだ。私は、行ってみたいと言って、母に「インチキだ」と言われ拒絶され続けても、笑えるのだった。私は、悪も正義もAiするのだ。だから、どのような困難にも打ち勝てるのだった。私の母は、スパルタコーチだった。が、私の感謝が足りなかったのだ。どのような状況も全て自分のためにできるのだ。それがこの大自由の心なのだった。ああ、どの人もここまで到達してほしいと願い合うのだった。魂はそれを望んでいるのだ。だから、神は、人に葛藤というものを与えたのだろう。それは、物語を濃くするためなのだ。淡泊では面白くないのは、セックスも同じだ。私はつい、人に承認されたいという承認欲求に取り付かれるのだった。そこで、隣のおばちゃんの自立を思い出すのだった。私の役目としては、内外反転の一つの動きが、どこの日常にも行われているというのを伝えることなのだ。なぜ、どんな人にも神を知り、霊体が引き上げられるのか、早めに行った人は、一生超えられないのではないかという不安が襲うが、これは物理的なスキルではないのだ。5歳からサッカーを始めた人と、15歳からサッカーを始めた人では、圧倒的にスキルが違うので、超えられないという肉体観点の見方はある。が、無意識の次元では、一瞬で、無限大にまで変われるのだ。勿論、それは、極大の話で、その人次第なのだ。宗教が違うから、いけないというのではなく、日々の動き次第なのだ。私は、母に、食べ物を買ってくるが、毎度買ってくる。そこで、私は、おなかを見せた。食べるのを抑えている事とその方がモテるという事を伝えるためだ。そう肉体次元の視点の人には、そのような行為をすると、やっとわかってくれるのだ。そこで躊躇すると、わかってもらえないのだ。「ああ、痩せたね。」と気付いて貰えたのだった。私は、肉体次元で、色々見せる必要がある事にやっと気付いたのだった。ごめんなさい。ありがとう。いつも、インスピレーションをくれていたのに、ちゃんと向き合っていなかったのだ。その分だけ、目の前の状況が辛くなるのだ。ごめんなさい。ありがとうございます。私は、米を三合から二合に変える先手を打つのだった。そう魂の先手は、自分を助けてくれるのだ。つい、こんなの表に出して良いかなという魔や、意味ないかもしれないという魔が襲ってくるのだ。私は、神も魂も信じているので、それを表現するのだった。ああ、相手も逃げているという自分のインスピレーションは、合ってたのだな。そして私も逃げてました、ごめんなさい。気付かせてくれて、ありがとう。と思うのだった。これで、外に出た時に、帰りに家に帰る口実が出来たのだ。私は、お互いのためにするのだ。私は、世の中の人にゲームを攻略するための、攻略本を書いているのだ。今苦しい人や、今楽しい人も、どの人にも通用する人生の攻略本なのだ。魂の声というのは、誰もが少なからず、得ているのだ。が、やはり一瞬一瞬の行動で、チューニングしていく必要があるのだ。魂の声に、動作で、チューニングしていくのだ。ごめんなさい。ありがとう。がスペシャルコマンドなのだ。私は、一度地獄に堕ちてみた。それは、地獄に墜ちた人を救いたかったからだ。それは、なかなか体験しないとわからないからだ。が、その当時の事もブログに書いている。また、体験しているので、わかり合えるのだ。が、これからは、どんどん引き揚げていこうと思う。どんな人の人生も素晴らしいからだ。私が、地獄に堕ちたときも、みんな気遣ってくれていた。ありがとうごめんなさい。一つ一つ力をつけていこう。どの人も、どの人も、私は、この体にしてくれた事に深く感謝している。体感で、もの凄く、物事を分からせてくれるからだ。ただ、私は、どのものも愛し合いたかったのだ。攻略本を手に入れて、みんなで進んでいきたいのだ。それをみんなが実は、心の奥底で感じているのだ。私が感じたことは、世界中の誰かが、いつかのタイミングで感じているからだ。やはり、インターネットというのは、使いようなのだ。私は、オリジナルマインドを、太陽で、悟らせていただいた。目を薄めて、光の中を見るのだ。そうすると、自然と見える時がくるのだ。ああ、これが、この自然界で見れる一番手っ取り早いオリジナルマインドの動きなのだ。だから、みんな見てるのだ。とても素晴らしいのだ。タンパク質の細胞分裂では、なかなかイメージが付かないのだ。だから、太陽光で見るのが一番なのだ。ピシピシとした超高速の往復と、ちっちゃくなったり、おっきくなったり、増えていく。ものなのだ。ごめんなさい。ありがとう。技術に頼らなくても、神は、見せてくれるのだ。とっても綺麗なのだ。私は、どの人にも、わかってほしいのだ。