間違った方向 神

神は、間違った方向に行っても、助けてくれない。いや、猛烈に助けてくれているのだが、自分達で、より間違った方向に向かってしまうのだ。
これを、自戒の意味で、「神は、間違った方向に行っても、助けてくれない」のだ。これが、真実なのだ。
残念ながら、そうなのだ。「気付かない貴方が悪いのです」
気付かなくて、ごめんなさい。気付かせてくれて、ありがとう。
「助けてクレー」は、おかしいのだ。十二分に神は助けているのだ。だから、悔い改めないあんたが悪いのだ。自業自得なのだ。神を責めるのは、やってはいけない行為なのだ。
自分が全て悪いのだ。私は、メッセージをしっかり受け取らなかった。だから、間違った道にいった。だが、全ての存在からすれば、それも愛してくれているのだ。どれも、勉強なのだ。自分が嫌な道も受け入れるのだ
嫌な道になりたくないなら、その分そうならないように努めれば良い。が、どうせ嫌なことは起こるのだ。それが、人間の宿命だ。
私は、神を責めた過去がある。
が、私は、神を責めることはしない。
ごめんなさい。ありがとう。
私は、高校生の時に、バイトをしたかった。だが、母は、反対した。自分の思い込みが激しい人なのだ。私は、そこでカルマを作った。人というのは、最低限の事をしていればいいというわけではないのだ。私は、学校に通うだけだった。だが、それではダメだった。間違いに気付かないまま、親の言いなりになっていた。そして、浪人している時に、アルバイトを始めた。こんなに働くのは楽しいのかと、思ったものだ。ごめんなさい。ありがとう。確かに人生は、自由に生きて良いのだが、生きても、自分を不幸にする生き方があるのだ。それは、自分のためにならない。同級生に、ごめんなさい。神に気付かせてくれて、ありがとう。
どの人も、自分の魂の声に、素直に純粋に従えば良いのだ。
私の母は、いつまでも傲慢だ。性懲りもなく、罪を犯し続けている。自分が支配した事が、相手にとって、不幸にさせていることに、気付いていない。だから、私は、仕事で嫌な目に遭った。それは、因果応報なのだ。ごめんなさい。ありがとう。
ただ、私が甘えていた。自分で分別すればいいだけだったのだ。
と人を責める前に自分を律することである。神が間違った方向に進ませる場合も時にはあるのだ。それは、人間にとって修行の嫌なことなのだ。