気功 もう一度いく魔

たまにもう一度いく魔というのがある。
よく負けていた。時が変われば、また違う見方になる。
私は、一年前に、「気功か怪しいな」と思っていた。が、今こうして、気功の部屋にいる。
そして、本に書いてあることの意味がわからせていただいた。ごめんなさい。
「怪しいとばかり」思いこむ魔に負けて。ありがとう。チャンスをくれて。ごめんなさい。頭でばかり考えて。私は、完全な状態になる。余多の困難を乗り越えたから。ごめんなさい。
神は、どこでも、思えば、繋がるのだった
神は、欲で導いていただけるし、魂でも導いていただけるし、頭でも、導いていただけるのだ。不安でも、導いてくれる。
私は、甘えていた。甘えでも、導いてくれる。とても慈悲深い存在なのだ。
私は、待合室で、とても元気になった。おかげで、何度もおならが出たものだ。甘えていた。甘えていても、愛してくれていた。どこまても、愛があるのだ。

気持ち悪さ。
とてつもない気持ち悪さを感じる。
心の奥底からの気持ち悪さ。発火しそうな、うだるような暑さ。どちらが自分なのか。神経がぴりっとする。痛い。これは、何の魔だろうか。脳の左上部から、感じる。何なのだろうか。私にはまだわからない。私は、とても怖い。猛烈に怖い。この言いようがない怖さがある。嫌なくらい魔で表してくる。何か弱みにつけ込まれている気がする。何なのだろうか。ごめんなさい。そして、私は、霊的な存在かと思った。ネットで調べて、ネットでお払いをしてくれる人を探した。電話をかけたが、まとまらなかった。相手は、とてもうるさい音を鳴らしていた。それは、まるでパチンコ屋のようだった。なので、私はやめた。そして、私は、自分の住んでる都市のお払いを調べた。そうすると、2年前に一度気になった気功院があった。当時は、やっぱりやめた。「気功?なんかなー」と思ったからだ。だが、今回は、「何かしらあるかもしれない」と思って、私は飛び込んだ。私は、写真を撮られた、どうやら写真で波動がわかるらしい。スタッフの人の「800!!!」と驚く声が聞こえた。「何か不味いか」と思った。反面、もしかしたら「いいのか」と思った。私は、子供の時から、自分を「実は、すげーやつなのかも」という期待と「やっぱりすげーわるいのかも」と不安入り交じるのだった。まあ、誰でも普通である。
その後、私は、体調不良だったが、感謝をして、その場に居続けた。そうすると、見る見る意識が綺麗になっていくのを感じた。が、あまりに意識が綺麗になったので、やっぱり帰ろうかとも思った
が、心の奥底の声に従うと、決めていたので、カウンセリングを受けてみた。そうすると、大男の院長が出てきた。「びっくりした。」笑
そして、私は、いつも通り、できるだけ素直に応じた。
知っている話と知らない話に引き込まれた。大体知っていた。余多の葛藤があったからだ。そして、性懲りもなく「ありがとうございます。」という気持ちで居続けた。
そうすると、私は、先程のある装置で波動を計った結果が、最悪のようで、驚かれた。
が、既に、感謝の意識で、チャネリングを変えていた。なので、もう一度、図ってもらうようにお願いした。が、断られた。何度かお願いした。
私は、チャネリングで、意識の高低を変えられるのを、証明したかったのだ。そうすれば、魂が喜んでくれるからだ。
私が命をかけて、人類の悪想念と戦っていたのを、証明できると思ったからだ。
だが、院長は、「何もしてないから、変わるわけない」と一喝。
ああ、残念。
やはり、私の感謝が足りないのだと思ったものだ。
そうか、その波動の装置をどこかで、借りればいいのかと、今思ったのだった。
何はともあれ、とても、有り難いお話をしていただいた。細胞に働きかけるバッチフラワーというのを、購入した。
科学で、自分の能力を証明する事に、拘っていたのかもしれない。
魂が206という数字らしい。が、今は11ぐらいらしい。感謝行で、一気に800のスコアを叩きだそうと思った。
が、それはうぬぼれだった。私は、普通がとても有り難いからだ。あまり、高いとビックリされるからだ。
院長も、計測から、一時間後に、まさか、急激にあがるとは、思わなかっただろう。
私は、謝り続けた。頭でばかり考えていたからだ。この今一瞬一瞬がとても、有り難いのだ。
私は、愛のエネルギーを送り続けた。そうすると、院長は、サービスしてくれた。有り難かった。やはり、私は、あまり身バレしてはいけないのかもしれない。もう一度、行こうと思った。私は、インチキ探しをしたかったのではなくて、笑いを届けたかったのだ。だから、無邪気な少年でいた。
そして、その波動レベルの変動に、びっくりして、笑い合いたかったのだ。しかし、その作戦は、失敗に終わった。
あまり情報を出すと、闇の世界に持って行かれるらしい。困ったものだ。いっぱいブログを出してしまった笑
どうしようと考えた。まだやっててもいいらしい、と神が教えてくれた。何もしらないフリのほうが面白いのだ。誰だって、表現されたものが正しい。言葉で発する事で、判断するからだ。私は、私の正体に気付く人を探しているのだった。それは、とてつもない人でないとわからないのだ。カモフラージュさせていただいている。ごめんなさい。ありがとうございます。
やはり、、まだ準備が足りないからだ。もっと準備しようと思ったものだ。私の能力をどう証明しようか迷うのだった。ごめんなさい。ありがとう。
帰り道に、私は、母は、気功なら受け入れてくれるかもしれないと思ったのだった。いや、細胞への働きかけのバッチフラワーなら、受け入れてくれるかもしれないと思うのだった。
私は、「全てのもの、、、、を愛してたい。」ただ、それだけなのだ。私は、「ゴミ拾いしてもあんまり意味ない」という記事を気功院で、見かけた。だが、帰り道にやはりたばこを拾うのであった。
私は、私の全てを愛したいからだ。私は、全てのもの、、、、、を愛したい。
私とあなたどちらも愛したいのだ。あなたと私どちらが大切か、私はどう答えるだろうか。
どの人も、全て自分の思い込んだ世界を楽しむこともできるからだ。ごめんなさい。ありがとう。とてもいい波動の音楽に癒させてくれた。
私は、お店を手伝いたいと言ったが、定員オーバーだったようだ。残念。
いっぱい調べてくれて、ありがとう。代わりにやってくれて、ごめんなさい。オレという存在も愛するのだった。災い転じて、福となすのだった。苦あれば、楽あり。私は、神人合一したようだ。いろんな楽しみをくれる事に感謝したい。自我にも真我にも、細胞にも、分子にも、原子にも、原子核にも、素粒子にも、精霊にも、どの存在にも感謝したいのだった。指導霊には、大母がついているのだ。ありがたい。ごめんなさい。大変でしょうと。笑ってくれるのだった。ああ、いつも笑わせてくれる守護霊さんであった。

外気功療法川崎本院へようこそ

外気功療法川崎本院へようこそ

ああ、書いた記事が消えてしまった。甘えたからだ。闇の存在に消されたようだ。ごめんなさい。ありがとう。
やはり、インチキだと母は言うのであった。私と母の戦いは、いつまで続くのだろうか。どちらが、闇の存在に消されるかなのかもしれない。魂は、知っているのだ。新しい世界を作ろうではないか。という声が、聴こえてくるのだった。