頭でっかち 甘えの魔

私は、「どうでもいいや」という魔にやられていた。自暴自棄だった。自分の頭で、自分を苦しめていた。
スマホで、どでもいい甘えをしていた。甘えた甘えた。甘えて頭がおかしくなった。やらなくていいことをやり、やったほうがいいことをしなかった。おかけで、頭がおかしくなった。全て、自業自得なのだ。
スピリチュアルを学んだが、真理まで到達すると、甘えの愛が頭だけで赤子のように頭が逆さまの頭だ。よくわからないと思う。ごめんなさい。いずれわかる日が来るだろう。これは、比喩であるからだ。
私は、いつから、ここまで魔に負けるようになったのだろうか。
いや、元々負けていた事に気が付いた。甘えていたのだ。家族の忠告を無視していた。だから、罰が降ったのだ。いずれ、また罰が降る。私は、正常な頭になれていない。感覚でわかる。ただ、ひたすら、神に謝るだけなのだ。
私は、どうでもいい情報収集に時間を取られて、大事な人間関係を築くことを怠ったのだ。間違えていたのだった。そして、怖くなったのだ。甘えていた。甘えていた。甘えていた。ごめんなさい。甘えがひどくて、甘えがひどくて、ごめんなさい。頭で考えてばかりで、ちゃんとした愛を持っていなかった。気づかせてくれてありがとうございます。
まずは、日常生活をきっちり甘えずにやることなのだ。常に一歩一歩なのだ。甘えだけで生きてきた。愛されている事に気付くのだった。目を疎かにした。だから、視力が落ちた。大事なことだった。忠告というのは、どこかしらに降ってくるのだ。それを、キャッチできるかどうかだ。私は、キャッチができなかった。
ああ、頭が悪かったのだ。常識というのは、頭がいい人が作ったのだ。大切にするものだ。たまげたものだ。私は、今スマホを真っ暗闇で打っている。頭がおかしいのだ。ああ、なぜ人は気付かないのだろうか。哀れな人よ。
ごめんなさい。また魔に負けてしまいました。いつになったら、勝てるのだろうか。人間関係の魔には、なかなか勝てない自分を認めたいのだった。どうも、苦手だ。甘えてしまう。甘えてしまう。甘えてしまう。