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そうは言ってもねという魔

そうは言ってもねという魔があります。私もよく引っ掛かります。相手の言っていることに対して、「そうは言っても、こうでしょ」というのは、誰でもあります。が、それも魔なのです。魔に勝った人は、愛を持って、それに対応します。それが、できるのです。

どうせ届かないだろうという魔もある。携帯で、連絡を取れないからといって、諦めてはいけない。全ては、繋がっているからだ。私は、連絡しなくて、ごめんなさい。
私は、教育の本質とは、何かずっと探究していた。手段は変わる。が、本質は変わらない。
例えば、ガンダムモビルスーツのような時代が来れば、服の着用方法は、変わるし、教育内容は、変わる。
が、人間が何をしていけばいいかという根本は変わらない。
教育の本質は、「良い行いを良心に従い続けましょうという事」
なのだ。
色々と小難しく言うこともできるが、単純に表現すれば、そうなのだ。
が、それでは、なかなか人は、納得しない。腑に落とせるまで、探求したかどうかだ。
だから、あの手この手の表現で、教育の本質を伝えている。また、手段というのは、膨大にあるからだ。だから、色々な情報に溢れている。人間は、色々な考え方があるから、頭に納得させやすい方法も変わるのだ。何かを定められるというのは、それだけ探究したからなのだ。私は、人に依存しなかった。周りからは、依存していると見える人もいるだろう。どれだけ人に依存しないで、考え抜くというのが、難しい事かわかった。たいていの人は、誰かの受け売りを話しているのだ。
だから、色々な指摘をされると、ショゲるのだ。また、ごめんなさいを毎秒言えるかどうかぐらい誤っているというイメージを一度でもした事があるかどうかなのだ。
それぐらい人間は、誤っている行動をしている。が、神は、同時に、慈愛に溢れている。スピリチュアルを探究すると、よくわかる。が、その分の代償もある。神は、どの人も大切に見続けているという事だ。
また、ここは、21世紀の2017年の2月2日の日本なのだ。朝には、布団を出すのが、魔。昼には、布団を入れるのが魔。だからこそ、同じ布団の出し入れでも、魔が違う。私は、体を使う魔に負けることが多かった。が、これからは、しっかり体を使っていく。明日は、朝6時15分に起きるのだ。そのために、早く寝るように努めるのだった。未来にも、少しイメージを向けることだ。私は、6月までに本を書く。今は、2月だ。3月、4月、5月、とあと4ヶ月しかない。急いでやる事だ。私はやっと、時を取り戻したようだ。ごめんなさい。迷宮からまた、一歩抜け出せたようだ。思い上がっていた自分がいただけだ。また、多くの支援をしてくれた家族にごめんなさい。ありがとう。やはり、いつまで経っても、感謝というのは、大切だと気付かせてくれた。忠告はしなければならない。また、発覚させなければならない。が、それは、自業自得なのだ。ただ、私が悪かった。甘えていただけだったのだ。やはり、慈悲の心が大切だ。その時、その時にしているかどうかだ。必ず、警告というのは、一度ならず沢山来ているのだ。私達は、その事に気付かなかっただけなのだ。不動産の自転車操業ほど、怖いものはない。不労所得と思い上がっているほど、経営は甘くない。今に寝首をかかれるのだ。だから、寝るというのは、恐ろしい事なのだ。短い時間にするに限る。10代や20代の人に対しては、全部自分の責任だ。という事を伝えたい。また、謝り続けた方が、身のためだとも伝えたい。
謝っている時間を省くほど、人生は短くないのだ。
周囲の人の支えがなければ、もっと辛い思いをしていたのだ。「有名だから」という事で、乗り切れる程、人生は甘くない。有名の魔に負けたのだ。
という事を、私は、30年も診察していた父の主治医に関して、思ったものだ。私が、悪かった。もっと相手の気持ちに寄り添えれば良かった。お見舞いにも、もっと行ければ良かった。ごめんなさい。
私は、DNAだからと、鬱病になったのを、人のせいにする魔に負けていた。
DNAのおかげで、今生きているという事を忘れていた。知ったかの魔に負けていたのだ。どれだけのDNAが、自分のために働いているか、私には皆目見当がつかない。という少しだけ謙虚になれた気がした。家族の不和というのは、必ず自業自得なのだ。痛みを知ることは、とても良いものだ。