プロ アマ 違い やり抜けるかどうかの魔

プロとアマの違いというのは、どういうことだろうか。プロの道具があっても、行う人間が、プロ意識がなければ、プロにはなれない。私は、プロのタッチボードを購入したが、プロになれるかどうかわからないという魔にやられて、ダラダラと携帯のスマホで、記事をアップし続けた。まずは、やると決断することだ。甘えていたのである。
ただ、アップし続けて、公開するのは、とても良いことなのだ。この循環を作ることが大切だ。
プロなら、道具を選ばないという意味は、プロ意識があれば、どのような道具でも、やり抜けるというものだ。
私は、やり抜けるかどうかわからないという魔にやられていた。
が、もうかれこれ実績として、二年以上アップしているので、甘えを払拭して、しっかりと届けようと思う。
やり抜くと自分で決めれば良いのだ。私は、6月までに、本を纏めて出版する。ということだ。期限を決められない魔にやられていた。
が、もう二年もやっているので、そろそろ甘えを払拭して、要はプロ意識を持とう。何事も最初は、わからない。が、求めて、しっかりやっていけば、自ずと、道は開かれるのだ。
私は、「このやれるかなー」という魔に負けていたようだ。やはり、「やる」と決めることなのだ。魂は、それを望んでいる。
やれると信じ合うことだ。忠告をすることだ。私は、甘えていただけだった事に気付いた。私が、全て悪かったのである。当たり前の事を当たり前にやり続けるのだ。そして、慈悲で一度無化する視点を持つのだ。無化した量が、一定量超えると、甘えが払拭される。地球規模から、宇宙規模にするには、無化という作業が必要なようだ。無化すれば、マップが拡がるのだ。私は、昔の彼女にもらったフリクションにお礼をして、中身を捨てた。物の管理を怠っていたのであった。文房具への感謝が足りなかったのだ。