読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

感動エンジン

感動、、、。
なかなか感動できない自分がいた。
込み上げてくるドクドクしたものが、なかなか自分には、あったのかもしれない。いや、なかったのかもしれない。沸き上がるものを感じる。これは、感謝と絶食のお陰なのだろう。ただ、学校の授業中に、ふと気絶して、ビクッと起きた時に、すごくビックリして、ドクドク言うのではないだろうか。これは、霊が肉体に戻るからだ。いくら、超高速だとしても、びっくりするのだ。深い眠りの時ほど、びっくりする。私は、深い催眠状態を、訓練している。深い催眠状態から、浅い覚醒状態の、深い潜在意識層から、浅い潜在意識層の落差が大きければ、大きいほど、びっくりするのだ。この落差の上下運動が、修行によって、開拓されるのだろう。ただ、超上げ下げは、トレーニングを積まないと、難しいようだ。時間によって、少し上げたり、少し下げたりが、体への負荷が少ない。あまりにやると、眠ってしまうのだ。これを、仏教の不眠不休行で、開発するのだろう。私の知り合いは、一日5分の睡眠時間であった。それは、長き修行の成果だ。人間には、驚愕の力があるのだ。どんなに眠くても、30秒気絶すると、エネルギーが補填されるのだ。これも、一気に霊体から、魂体、肉体にエネルギーの補填をしているのだ。これは、誰でも経験があるのではないだろうか。起きている時に、その深い催眠状態をいかにキープできるかなのだ。また、アドレナリンを、超放出する術は、探せばあるのだろう。不思議に思う人がいるだけなのだ。と誰かが言ってたのを覚えている。小松未歩の「謎が解けていく~♪」という歌詞が、リピートしていた。余りに同じリズムを違う表現で言っているだけで、疲れてきた。謎なんて、解かなくて良いのかもしれない。解くと、飽きが来るからだ。「ああ、なんか良い感じ、」という、ORANGE RANGEの歌詞が聴こえてきた。ミステリアスだから、ミステリー小説が面白いのだろう。全貌というのが、理解したら、面白くないのかもしれない。あー、どうしたものか。新しい曲は流れないのか。私には、新しい曲が流れる時が来てほしい。やはり、無常なのだった。フラクタルな循環だ。やはり、人は絶対死ぬから、良いのだろうとも思えてきた。私は時計を見た。3時33分33秒だった。そう一秒も狂いがないのだ。だが、私は、この力は数多の困難を乗り越えたからだった。極楽なのだろう。いや、地上天国か、はたまた。何なのだろうか。私はふと、冷蔵庫のおひたしの状態が気になった。が、そこにおひたしはなかった。どこにいってしまったのだろう。「カンカン照りの日がさんたーん」というRIP SLYMEの音が聞こえた。あー、果たして、誰がこのおひたしを食べたのだろうか。私は、推測を続ける。このテレポートに不思議はあるのだろうか。いや、ないに決まっていると思いたい。今日も、いつもの、晩御飯だ。アーメン。私は、昨日の自分より、明日の自分どちらが好きだろうか。貴方が導く世界は希望なのだろうか。ただになれない人間のわたし、数多の甘えが貴方を救っているのだろう。
新しい世界を一緒に作ろうではないか。
「出会った頃の二人に~、もう一度戻ってみよう~」という長渕剛さんの、唄が聞こえた。
歌いながら、ごめんなさいという同時に、思えるのだ。感謝は、何にも勝る。私は、感謝を忘れると、心に痛みがビリっと流れる特異体質になった。甘えまくると、そのようになる。365日24時間魂に忠実になると、同じ世界の繰り返しに気付いてしまう。
エヴァンゲリヲンの甘えのようだ。また、欲の滅ができると、何にも囚われなくなる。生きたまま死ぬことが出来るのだ。ふと、新しい発想が浮かぶ。無意識下では、圧縮なのに、意識下では、膨張なのだ。だから、ズレて疲弊するのだろう。魂の選んだことだ。やる事をどしゃどしゃやっていくのだ。どこまで、人は、心の中に圧縮をできるのだろうか。私には、まだわからない。