verymuch8’s blog

先に申しますと、保険をかけてるというより、誠意表現ですが、ここに書いてある記事は、役に立つ事実はほとんどないでしょう。 その分野をよく知らない人でも分かるように、分かりやすい事例を用いた直情的な文章のため、傲慢な態度で、読みたくないという方には、申し訳ないですが、なかなか品格がある文章に校正する時間がありませんのでご了承下さい。スピリチュアルや哲学が主な分野ですし、まやかしに過ぎないです。専門分野は、日常生活の微差(微妙な差)の研究です。こんなプログではございますが、訪問してくださった方に少しでもお役に立

感動エンジン

感動、、、。
なかなか感動できない自分がいた。
込み上げてくるドクドクしたものが、なかなか自分には、あったのかもしれない。いや、なかったのかもしれない。沸き上がるものを感じる。これは、感謝と絶食のお陰なのだろう。ただ、学校の授業中に、ふと気絶して、ビクッと起きた時に、すごくビックリして、ドクドク言うのではないだろうか。これは、霊が肉体に戻るからだ。いくら、超高速だとしても、びっくりするのだ。深い眠りの時ほど、びっくりする。私は、深い催眠状態を、訓練している。深い催眠状態から、浅い覚醒状態の、深い潜在意識層から、浅い潜在意識層の落差が大きければ、大きいほど、びっくりするのだ。この落差の上下運動が、修行によって、開拓されるのだろう。ただ、超上げ下げは、トレーニングを積まないと、難しいようだ。時間によって、少し上げたり、少し下げたりが、体への負荷が少ない。あまりにやると、眠ってしまうのだ。これを、仏教の不眠不休行で、開発するのだろう。私の知り合いは、一日5分の睡眠時間であった。それは、長き修行の成果だ。人間には、驚愕の力があるのだ。どんなに眠くても、30秒気絶すると、エネルギーが補填されるのだ。これも、一気に霊体から、魂体、肉体にエネルギーの補填をしているのだ。これは、誰でも経験があるのではないだろうか。起きている時に、その深い催眠状態をいかにキープできるかなのだ。また、アドレナリンを、超放出する術は、探せばあるのだろう。不思議に思う人がいるだけなのだ。と誰かが言ってたのを覚えている。小松未歩の「謎が解けていく~♪」という歌詞が、リピートしていた。余りに同じリズムを違う表現で言っているだけで、疲れてきた。謎なんて、解かなくて良いのかもしれない。解くと、飽きが来るからだ。「ああ、なんか良い感じ、」という、ORANGE RANGEの歌詞が聴こえてきた。ミステリアスだから、ミステリー小説が面白いのだろう。全貌というのが、理解したら、面白くないのかもしれない。あー、どうしたものか。新しい曲は流れないのか。私には、新しい曲が流れる時が来てほしい。やはり、無常なのだった。フラクタルな循環だ。やはり、人は絶対死ぬから、良いのだろうとも思えてきた。私は時計を見た。3時33分33秒だった。そう一秒も狂いがないのだ。だが、私は、この力は数多の困難を乗り越えたからだった。極楽なのだろう。いや、地上天国か、はたまた。何なのだろうか。私はふと、冷蔵庫のおひたしの状態が気になった。が、そこにおひたしはなかった。どこにいってしまったのだろう。「カンカン照りの日がさんたーん」というRIP SLYMEの音が聞こえた。あー、果たして、誰がこのおひたしを食べたのだろうか。私は、推測を続ける。このテレポートに不思議はあるのだろうか。いや、ないに決まっていると思いたい。今日も、いつもの、晩御飯だ。アーメン。私は、昨日の自分より、明日の自分どちらが好きだろうか。貴方が導く世界は希望なのだろうか。ただになれない人間のわたし、数多の甘えが貴方を救っているのだろう。
新しい世界を一緒に作ろうではないか。
「出会った頃の二人に~、もう一度戻ってみよう~」という長渕剛さんの、唄が聞こえた。
歌いながら、ごめんなさいという同時に、思えるのだ。感謝は、何にも勝る。私は、感謝を忘れると、心に痛みがビリっと流れる特異体質になった。甘えまくると、そのようになる。365日24時間魂に忠実になると、同じ世界の繰り返しに気付いてしまう。
エヴァンゲリヲンの甘えのようだ。また、欲の滅ができると、何にも囚われなくなる。生きたまま死ぬことが出来るのだ。ふと、新しい発想が浮かぶ。無意識下では、圧縮なのに、意識下では、膨張なのだ。だから、ズレて疲弊するのだろう。魂の選んだことだ。やる事をどしゃどしゃやっていくのだ。どこまで、人は、心の中に圧縮をできるのだろうか。私には、まだわからない。