本の作り方 本の章分け

本を作るには、どうするのだろうか。
考えてみた。
■書籍名
■目次
■はじめに
■章立て
■あとがき
■プロフィール
■出版社


□書籍名 真の平和の作り方
目次

はじめに
真の平和というのは、どのような世界か、一緒に考えませんか。
この21世紀の時代には、様々な困難が待ち寄せているのは、どの人も感じているものでしょう。どのような状態になる事が、人間には求められているのでしょうか。これから起きる激動の時代に向けて、今から用意していきませんか。まず、争いというのは、どのようなものなのか、考える間が必要です。争いに関して言えば、「全ての執着がなくなれば、争いというものはなくなります」。
それは、「人間」が、全ていなくなれば、地球から争いがなくなるのです。
魂は、それを知っています。では、「人間」がなくなるというのは、どういう事でしょうか。「人間」というのは、醜い愛と美しい愛の双方を持っています。この醜い愛を美しい愛に変えていくのが、時の要請です。だから、それが今求められています。それには、どのような愛を神に与えればいいのでしょうか。

章立て
①視点転移
視点転移というのは、様々なシュチュエーションに合わせて、自分のために、自分の視点を変えるものです。
1-1視点転移
1-2

②感謝
感謝が大事というのは、どの人も見聞きしたものだと思います。貴方は、どこまで、日常生活に感謝していますか。なぜ、感謝が必要なのでしょうか。感謝し続けると、良いことだらけなのです。感謝していない人には、何かしらのメリットを伝えて導くのが正解なのであって、感謝している人は、全てに感謝しているのですから、伝えることもあまりありません。そして、人生どのように生きたらいいか、自分で考え続ける事です。
③魔(サタン)の研究
釈尊ことブッタの言うあらゆる魔というのは、どういう事なのか気になったことは、ございませんか。この解明を一緒に進めていきましょう。
長い思索の上の最終結論としては、「できる魔からやればいいのだ」です。また、「カルマは巡り巡るので、今から気づいてやればいいのだ」です。
結局長く追究しても、仏陀が表現したものと、同じ事なのでした笑。その時よりも、表現できる範囲が拡がっていることに感謝しています。
魔から逃れることは、魂のマラソンに差があると、わかりません。どのような魔があるのか、見てみましょう。魔というのは、思考に流れるインスピレーションの事です。
何か嫌なもので、膨大な量があります。これをどれだけ勝てるかという試練があります。例えば、分かりやすく言えば、「怠けたい」という魔です。「全部食べたい」という魔です。色々な魔に勝てば、その分、自由になれるのです。勝たない場合は、拘束されたままです。
1-1 魔という存在
魔というのは、魂が知っています。子供の頃は、どれが何の魔かあまり把握していません。本能的に、状況を対処しているのです。が、だんだんと理性を覚える事で、魔の正体に気付いていきます。魔は、誰にでも同じように襲います。例えば、「神なんていない、悪い人がいるのだから(怒)」というのは、被害妄想の魔なのです。これを、どうするか、考えてみましょう。
1-2 魔をどうするか
「神なんていない、悪い人がいるのだから(怒)」被害妄想の魔というのは、どうすれば勝てるのか。それは、悪い人は、どういう人なのでしょうか。魂に聞けばわかります。そう、自分なのです。これが、悟った人なのです。
1-3 魔に勝つと何が起きるか
悟ると、とてつもなく物事がスムーズにいきます。が、悟りというのは、いつまでも、続きます。悟るには、努力が必要です。努力なしには、悟ることができません。魂と甘えだけを、的確に分別できればいいのです。神も、全て楽しんでいます。たまたまということは、一切ありません。たまたまという愛があるだけです。たまたまにしといた方が、都合が良いからです。またまたこの辺りは、難しいでしょう。たゆまぬ探究が必要なのです。私は、よく魔に負けるので、もう嫌だと思っています。同時に、新しい魔が来ることを期待しています。

④日常生活
日常生活は、どの人にも与えられているものです。その日常生活を、今一度振り返ってみませんか。日常の些細な気付きが、自分を愛するということなのです。どの行為も、全てと繋がっていると、魂で感じられるようにしませんか。スプーンで、かき混ぜる行為も、繋がっているのです。これは、blogに沢山の例を出しています。
⑤純粋フラット
純粋フラットというのは、どういうことでしょうか。この説明は、またの機会にしましょう。新しい愛の形なのです。まだこれからです。まだ温まりきるには、時間が必要です。愛だけでもイカサマは、効かないだという事に気付くことです。
⑥教育
教育の本質というのは、どういうものでしょうか。私が発見したものなりに、書いてみたいと思います。まず、人間というものが、どういうものなのかを、知る必要があります。どのようなものになる必要があるのでしょうか。神と仏になることなのです。これは、どういう事か一緒に考えましょう。
教育の本質とは、「良い行いを良心に従い続けましょう」なのです。単純に表現すると、そうなのです。小難しく言うのもできますが、そうなのです。なかなか人は、納得しないので、あの手この手で、教育の本質を伝えているのです。手段というのは、膨大にあるからです。頭に納得させやすい方法も様々なのです。
例えば、こんな比喩表現で伝えます。「私は、愛が必要なのです。愛とは、ギャップなのです。魂は、隙間を埋め合いたいのです。また同時に、隙間を作りたいのです。まだ相合が足りません。これが、大切なのです。」というものです。意味がわかる人にはわかりますが、わからない人にはわかりません。わかる人には、少し笑いに繋がるのも入れています。が、わからない人のために、様々な情報で、一つ一つ伝えていっています。また、教育とは、全てのものに愛を降り注ぐ事なのです。これは、少し分かりやすいでしょう。実践し続けると、ある時、誰でもわかるようになっています。それは、人間の構造は、どの人も、ルートは違えど、同じだからです。早くたどり着くのが偉いというわけでもないのです。むしろ、私はごめんなさいと思っています。それは、日常の事を家族に任せっきりだったからです。その分の探究する時間を頂いたからです。
⑦内外反転、宇宙の原理
宇宙には、ある一つの宇宙原理が働いています。それは、あらゆる万物に作用しています。その事がわかると、どの場面でも、そのメッセージに気づけるはずです。
⑧真の平和
真の平和というのは、どのような状態でしょうか。どのものも、全て力を合わせている状態でしょう。では、それは、どのようなものでしょうか。観点の移動に即して、考えてみましょう。
⑨「ユニバーシティ」家族
「ユニバーシティ」家族を作っていくと、より良いでしょう。ユニバーシティ家族とは、お互い様という感謝が、いつまでも続く悟り家族の事です。どのような状態でも、自分自身の思い込みが100%であると、悟りながら、共同生活をする家族です。私は、三人の家族の例を出しましょう。どの人も、癖があるが、とても個性的な人達です。仮の名前として、世界史を例にして、マリアテレジア、ソクラテス、ルソーとでも名付けましょう。テレジアは、シンプルイズベスト、物を移動するのと、とても金銭の管理が上手です。ソクラテスは、とても理性的、物を探すのが苦手です。ルソーは、複雑怪奇で、自由気ままです。このドタバタ三人がどのようにして、ユニバーシティ家族を構成することができるのでしょうか。ある事件が起こります。ルソーとソクラテスは、いつも頭ばかり働かせていました。が、自分達が作ったモニュメントを置いておきました。そうすると、テレジアが、いつのまにやら、解体しているのです。普通であれば、自分達が必死に作ったモニュメントに対して、怒ります。が、ルソーとソクラテスは、無常という視点を転移したので、テレジアを誉めるのでした。誉められたテレジアは、嬉しそうです。そうこの様な事で、愛が満ちていくのが、ユニバーシティ家族です。総合大学として、家の場を活用しているユニバーシティ家族です。
⑩ユニバーシティ地域
このユニバーシティ家族が、連帯して、ユニバーシティ家族連合体を形成していく事です。やはり、ユニバーシティ個人、ユニバーシティ家族だけでは、循環できないものが、まだまだ沢山あるからです。そこで、ユニバーシティ家族連合体、ユニバーシティ地域、ユニバーシティ都市、ユニバーシティ国家と拡げていくことです。
あとがき
この書籍を出版させていただいた事に、感謝致します。書いてみて、自分なりにまだ埋めきれてない部分と、ページ数の関係で書けなかった事があります。blogや講演やイベントで、お会いできる日を楽しみにしています。私は、どの人も愛しています。貴方なりの魂の躍動を感じてみませんか。観念愛に過ぎないとも言えますが、愛には、様々な形があります。科学的な考察は、またの機会に致しましょう。

プロフィール
ヤテンヤマフク

出版社
平凡社

やはり、本というのは、blogで書いている内容を圧縮すればいいのだろう。また、拡張させたものが、blogになるのだろう。更に拡張させたものは、インターネット上に混在している。とある宗教家も、やはり膨大な量を教えるのに、苦労するのだ。ネタを皮切りに伝えていくしかないのだ。悟ると、全てのものがスムーズに行く。びっくりするぐらいだ。悟りの膨大なテーマは、インターネット上にあるのだ。が、やはり整理が難しいのだ。現在の教育内容は、とても愛すべきものなのだ。私は、教育体制を破壊したいと思ったが、日常生活が変わらなければ、教育体制自体は、そこまで変わる必要もない、自分が変われば良いのだと、思ったのだった。