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良いこと 後悔する癖

良いことをしてる自分、悪いことをしてる自分。
どちらも、存在する。
存在しないとも言える。
私は、良いことをしてる自分を懲らしめる魔に負けることが多い。折角、良いことをしているのに、それさえも、否定しようとする。そうすると、やる気がなくなる。より、嫌な気分になる。延々ループなのだ。仕事をしていると、嫌な気分になるだろう。そんな時は、ごめんなさい。と脳に謝るのだ。酷使してごめんなさいと。酷使されたら、自分だったら嫌だろう。 そうすると、元気を取り戻すのである。私は、脳をバカにしたが、脳は、自分なのだ。よく働いてくれているのだ。だから、ごめんなさいなのだ。脳は、怠け者でも、働き者でもない。どちらでもあるのだ。ただ、私は、自分の脳に謝りたい。折角色々思考力をつけてくれたのだから、感謝したい。「親父の脳があるのに」と母親に言われた。他の人にも、活かせばいいのにと言われた。
それは、私が、自分の脳に感謝していないから、言われるのだ。脳を味方に付けるか、敵に回すかは、自分次第なのだ。
私は、全てを愛したい。私の脳は、辛い時も、休みもせず、働いてくれている。ごめんなさい。10代までは、脳を肯定するパラダイムだった気がする。途中から、否定するパラダイムだった気がする。が、やはり感謝したいものだ。感謝するために、学問があるからだ。そのような学校が良いだろう。私は、学問に対する感謝が足りなかったのだ。総じて見ると、生きてる事の、感謝が足りなかったのだ。自分という存在をどうも認められない。いくら、探求しても、認められない。私は、いつになったら、自分を認められるのだろうか。私は、愛に飢えている。自分自身が、自分の事を一番愛したいのだ。そう簡単には、愛されないのだ。愛されるには、愛される魂にならなければ、愛されない。愛される魂というのは、純粋そのものだ。美しいものほど、私は、離れてみてみたいとも思う、天の邪鬼だ。どの人も、美しくそれでいて醜いのだ。ごめんなさい。