家の有りがたさ 子供の叱り方 プロ意識

「このマンション手に入れるのに、どれだけ大変だったか」「毎月この家の家賃払うの、生意気言ってるんじゃないよ」「このクソガキがー、甘えんじゃないよ」と叱るのである。ははは。それが、大切なのだ。ブルッと、固定したあげることなのだ。これは、授業中に、ある生徒を、吊し上げると、周りにも緊張が走るという心理学の効果なのだ。よく先生は多用している。そして、企業の人も、多用している。ここで、叱られ上手というのは、とても心が純粋でないと、できないのだ。宇宙の観点で言えば、波動を、粒子に変えてあげるのだ。
それが、愛でもあるのだ。私は、波動を、粒子に変えてあげる作業は大切なのだ。
そして、己の中の誓いというのは、必ず達成する思いが大切なのだ。「絶対達成してやる」そう、思い続けることなのだ。これが、プロ意識なのだ。そして、他の人が、それができてない場合に、一度無化して、考えるのが、相手に寄り添うことなのだ
ここの辺を、相対性理論を、曲解すると、私のように、自爆するので、自縛するので、止めた方がいいのだ。
この世に、絶対はないというのは、相手のために寄り添うためのものだ
私は、必ず明日8時に起きる。これを繰り返すのだ。朝起きれば、自然とやることが固まる。通学や出勤すれば、固まるのと一緒なのだ。その場では、状況状況で変わってくるのだ。新入社員は、いかなるときも、絶対遅刻してはならないというのは、自分を守ってくれるラインなのだ。この「絶対」と、世の中の本質の「絶対」は、違うのだ。つまり、「絶対やる」と叫んでいいのだ。
私は、薬をきっちり用量飲んでいた自分を認めてあげることにした。私の父は、よく同じ動作をするのが好きだった。果物とパンと紅茶を食して、出勤していた。また、限界まで薬を飲もうとする人も認めてあげたい。しかし、当たり前だが、薬は、毎日定時に飲むから、良いのだ。私は、そろそろ時間というものを、取り戻すだろう。人間は、一人ではダメになるようになっている。監視員というのは、とても大切なのだ。
私は、教育のスペシャリストとして、退行実験を試みた。赤ちゃんから、子供、大人になる過程をもう一度、生きたまま体験してみた。やはり、普通に育ってるのだなと、感心したものだ。よって、私は、普通の人間として、多くのものに助けられて生きてきたという有り難みを感じている。多くの過程を経ているのだ。人間は、どうも昔の事は、忘れてしまう癖がある。昔の恩も忘れないことだ。そして、恩返しをするのも忘れないことだ。私は、祖母のために、ひたすら折り鶴を折った。それでいいのだ。誰でも、置かれたところで咲けるのだ。それが、悟りなのだ。ごめんなさい。ありがとうを伝えたい。
私は、母に、「聖書を伝えてくる人の気持ちを考えないと、就職活動しない」と脅しとも、自暴自棄とも言える事をしている。大変になっても、やりきるのが、愛なのだ。私が、私を救うのか、母が母を救うのかの、長い勝負なのだ。この生死をかけたバトルは、どのような結末を遂げるのかは、どちらかが死ぬまで続くのか、どちらも助かるのか、神のみぞ知る。私は、素晴らしい父と母のDNAを、授かった人なのだ。負けるわけがないのだ。と信じることだ。
ふと耳にしたGReeeeNの歩みという、ラジオの音に、勇気をもらったものだ。
プロ意識として、一度消えた記事をもう一度書こう。