読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

脱権力 権力の良さ

権力について
私は、権力に屈したくなかった。
が、それは、権力を悪いと思い込むパラダイムだと気付いた。
権力というのは、とても、人間をまとめてくれる。権力があるから、人間は嫌なことも、甘えも改善することが出来る。権力は、私を救ってくれていた。権力がないと、人は付いてこない。一部の人を除いて、かなり稀なケースなのだ。私は、どの権力にも属さないことで、権力の有り難みに気付いた。人間は、まだ21世紀の中盤あたりまで、権力基盤が必要なのだ。権力が、人をまとめてくれる。権力なしに、人を纏めることがどれだけ、難しいか、少しわかった気がする。だから、私は権力に属して良いし、権力に服従してもいい。権力を持っても良い自分を許すことだ。権力は、時として、破滅をもたらすが、安定や維持には、大きく一役買っている。まだ、そこまで、悟れている人は少ないから、どうしても、権力というのは、魂にとっても、必要なのだ。
みんなで進むものだからだ。エゴ性と悪魔主義は、相関性があるとも言える。
敵は何ですかという質問に、神は、人間の中に潜む自分の考えが絶対で、他は一切認めないという「悪魔主義」が、唯一の敵なのだ、と教えてくれた。これだけなのだ。この反対の考えを持っているなら、それでいいのだ。この悪魔主義が蔓延しないように、神が頑張っているのだ。それこそ悪魔主義だという主張も受け入れる事は、全ての魔に勝ってからでないと、お互いわからないということは、言えるだろう。敵は、人ではないのだ。人の心に巣食うこの「悪魔主義」なのだが、それさえも実は、内包している立場を取れるのだ。むやみやたらに、攻撃するものではないのだ。どっちが正しいとも、言えないのだ。

だからこそ、何か変だなと思った場合、自分自身の何の思い込みか、把握すると視野が広がる。私は、私自身の甘えも愛したい。無執着になってきたが、どうもそれだけでは、事がスムーズに運ばない。私は、透明人間になることを恐れた。まだ、やるべき事が残っているのだろう。そろそろ、以前に培ったパラダイムも復活させようと思っている。無化と有化ができればいいのだ。出現と消滅を、できればいいのだ。人生のマップ上で、出現ばかりだと、消滅しないと、次のマスが、出現しないのだ。脱エリートもエリートも愛していきたい。私は、まだ真理そのものになるには、早いのかもしれない。自分を、守ることができていないからだ。守りに徹することだ。まだ、攻めるタイミングではない。徹底的に、守りに徹するのだ。戦いの前に、武術が必要なのだ。
責任を負っていいのだ。やはり、まだ無意識の器同士じゃないと、可憐な連携プレーを取るのは、とても難しいのだ。そこまで、自分が待つのも、もったいないのだ。私は、最も偉大なことを成し遂げようとしている。準備が必要だ。
私は、誰からも支配されてもいいし、支配されなくても良い自分を認めたい。ギャグを大切にしていきたい。