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給料交渉 給料 下げる

給料を上げてもらう交渉が一般的だ。が、実は下げてもらう交渉が、大切なことに気付いていない。執着を捨てると、そのような事ができるようになる。
当たり前だが、経営者は、労働生産性で見る。だから、金になってない人は、嫌に思う。私は、昔、給料を下げてもらう事が浮かんだが、勇気を持って、進言しなかった。これは、自分の首を絞めた。
経営者は、減俸することを悪いことだと思っている。一刀両断的に判断しづらい日本のサラリーマン社会だ。
が、そうではないのだ。目に見えない事を研究すると、その事がわかる。
減俸することは、正しいのだ。
そういう進言をする社員は、好かれる。それを、理解することだ。相手の生活がかかっているから、
下げられないと思う。相手の生活がかかっているから、下げるのだ。
一度上げたら、下げられないという思い込みがある。いや、下げて良いのだ。自分が、何を選択するかだ。

給与・賃金カットの減額限度と労働基準法91条

給与・賃金カットの減額限度と労働基準法91条

裁判をしてもよい。してもよい自分も愛することだ。が、それは、自分を苦しめることになる。イエスのいうように、裁くものは、裁かれるのだ。
「自分の裁く裁きで裁かれる」マタイ福音書7:2

本当の、理不尽な不正義というものは、存在しない。そう、見えるだけだ。
血気という怒りに、翻弄されたが、やはり、それは、怒りなので、間違いだと気付いた。 私は、過去のお金がらみを捨てることにした。年月というのは、ありがたいものだ。正義感というのも、感情でしかないのだ。「返してくれよ」は、無駄な足掻きだ。「人は、金は返さない」。遡及することもない。私は、カードを捨てた。取り返したらという妄想もやめにした。
法律というのも、一定的な目安を与えてくれる優れたものだ。様々な視点を考えるのは良いことだ。悪の手先なのかと思うこともあった。どう対処するのかだ。
そうしなかった自分をほめてあげたい。疑って、怒って、ごめんなさい。戒告、ありがとうございました。私から、魔が去り、至福の時になった。自分に起こって良かった。金というメリットだけや、自分にとって不利だからではなくて、感謝と視点転移の気持ちで見れれば、事態ははっきりとわかるものだ。周囲に相談はしてもよいが、自分の中の器が、一番ありがたいものだ。私は、悩んだ時間をくれたことに有り難うと伝えたい。私は、恨まないと決めた。
人を恨むぐらいなら、自分を恨んだ方がいい。が、自分を恨むこともない。ただ、落ち着くことだ。愛のエネルギーを与えることだ。やはり、未練で、残しているもので、何か得になることはないかもしれない。自分の潜在意識の強い声が、本物だと思っているのだ。誰でも、それが、自分のものだと、思っている。が、それも見方を変えれば、フェイクなのだ。
やはり、本物は、もっと奥にいる。一つ一つクリアしていけば、その正体に気付くだろう。果たして、それは人間にとって、悪魔なのか、神なのか、何なのかは、神のみぞ知る。