くどい癖

人にくどいと言われることはないだろうか?
くどいと言われることが、たまにある。
自分では、なかなか気づけないものだ。
この人くどいなと、思うこともある。しゃべっている方は、なかなか気づけない。なぜ、そのようになってしまうのか。
興奮して、しゃべっているのも原因だろう。注意の仕方が何とも言えない。「何度も聞いた」と言えば、いいのだろうか。そういう言い方がわかる人は、教えていただきたい。なかなか適切な注意の仕方は、難しい。シンプルに話して欲しいというサインでもある。また、咀嚼できてないということでもある。「つまり、一緒に掃除しよう」で良いのである。
ただ、くどいと言っている人は、その内容を理解していないから、何度も言われているという事実に気付れば、次に進めるのだ。「くどい!(そんなのわかっている、難しいことは、わからなくてもいいでしょ」という、思考の流れで、これも仏教でいう「怒り」なのだ。自分がなぜ言われているのか、気付くことだ。ただ、お互いにまだまだわかっていないということだ。その事に気づかせてくれて、ありがとう。なかなか気付かなくてごめんなさい。 ある物事に気づいて欲しいのだが、シンプルにすると、相手の無意識にとってはいいのだが、相手の意識でしっかりと受け取って欲しいとも、思うものだ。 「毎日、トイレの掃除」というのは、シンプルだ。が、シンプルだと主張が強いが、気分を害したり、理屈が抜けてしまうのだ。時間がかからないというメリットかある。
逆に、複雑にすると、時間がかかるが、理解しやすいというメリットかある。どちらも一長一短である。
私は、諦めて良いことと悪いことの線引きの勉強不足なのだろう。究極の実在というのは、長い知的鍛練とマニアックな経験が必要になるので、それを端的に表せるものではないとも思う。だから、それは個人が見つければ良いのではないかとも思う。


要注意人物!?付き合ってはいけない男
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