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焦り 解消 焦ることと急ぐこと

焦ることと急ぐことは違う。
どう違うかというと、自分の心を内省してみると、前のめりになっているのだ。
締め切りを意識すると、焦るのと、急ぐのがある。
焦りというのは、怒りの感情なのだ。
つまり、怒りということは、自分の首を絞めるのだ。なので、焦りを感じたら、一度落ち着く動作を入れる。タバコ休憩でもいいだろう。
急ぐというのは、結果として、最速で進むように理性と感情を回すことだ。
この焦りというのは、実は溜まると、とてつもないしっぺ返しが来るのだ。
怒るのと違って、周囲に、気付かれづらい。というより、指摘されづらい。
私も営業成績で、「焦ってる」と指摘されたことがある。焦っている人を見ると、不快になるようになっている。
うまくはいかないようになっている。私の母も、強く焦る癖がある。一つ一つの動作の確認が必要なのだ。この点、仏教では、焦りという点も、考察されている。
三時間で、三つのタスクを仕上げなければならない時も、時間とタスクの関係性を蓄積することだ。この辺りは、学校の勉強ともリンクしている。
焦りという原因と、その結果というのは、学校では抜け落ちているが、普通に社会では、あることなのだ。対処法がわからないから、焦るというのもある。
私は、退職勧奨をされた時に、どうしたらいいか全くわからなくなった経験がある。
自分の今までのパラダイムを信じて、突っ切って良いのか。その事実に対処すれば良いのか。相手のパラダイムを信じていいのか。
わからなくなった。これには、悉く惨敗した。自分でも、何かがおかしいが、おかしいのだが、対処法がわからないのだ。何がおかしいのか、これは正しいのかわからなくなった。一旦すべてを否定した。そして、鬱になった。その後は、しっちゃかめっちゃかだった。やれ、霊的な存在のせいだ、過去のカルマだ、あれが悪いこれが悪いとばかり、自分を責めた。ここまで、自分を責められる人間は、稀だと思う。自分の死生観が悪いとまでいっていた。自分を殺せないのが悪いとばかり考えていた。今考えると、笑えるのだが、当時は、とても悩んでいた。「いや、死生観なんて、関係ないでしょ。みんなそれぞれ違うわけだし。」とは、思えなかったのだ。 誰にもわからないことを、追求するという泥沼に陥っていた。わからないままだから、余計に焦るのだ。ただ、その時は、何とか自分で対処するしかないと思った。ただ、どうにもならなかった。全てが敵に見えた。これは、きつかった。自分で探ってダメなら、何もしないという手に出た。が、何もしないとまた焦る。この繰り返しだった。