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生きていると

「自分が嫌だなー」と思うことはないだろうか。
生きていると、必ず、その対になる何かを知る機会に恵まれる。
何事も、対があるからだ。いや、気休めかもしれない。が、何かしら見つかるものだ。そうその渦中の時には、わからなくても、後々振り返れば、どちらもあるのだ。だから、人生はプラスマイナスゼロなのだ。
私は、社会と逆走しまくった。極みまで、逆走すると、本質が見えてくる。私は、「本質を知りたい」と、非常に強く思っていた。いや、誰しも強く思っていることだ。これも、究極の実在に、無意識的に、引き寄せられている一例である。
どの人も、新人類。いや、新人類になりたいと心の深いところでは、思っているのだ。これを、ワンネスと呼ぶ人もいれば、神人合一という人もいる。私は、顕在意識を極力カットする方法で、気付いた。それは、環境要因が強い。ので、普通は、許されない。この点は、家族の理解に感謝している。私には、どうも早く全貌を知りたがる悪い癖がある。それは、自分で自分の価値を確認したいアイデンティティの反動だ。アイデンティティが圧迫されると、反動で何か別のアイデンティティを欲しがる人間の仕組みがある。私には、そのアイデンティティが、なかった。だから、より安定したかったのだろう。孤高を極めると、その分何かを得れるのだ。何かを得たいなら、孤高になるのもいいのかもしれない。孤高は、孤高。わかる人が圧倒的に少ないのである。
今の時代、情報をオープンにすれば、同じような体験の人は、どこかしらに見つかるものだ。だから、孤独というのは、本来ないのである。オープンにしているか、していないかの違いなのだ。