隠れヒーロー思考

皆さんには、隠れヒーロー思考はないだろうか。
世間には、知られずに、やることだ。
私は、妙な神の信仰と重なり、それをしていた気がする。一回限りの出会いで何かをすることだ。が、そんなうまくはいかない。そんな人生の悩みを、一見さんに言わないからだ。やはり、それなりに信用が必要なのだ。あと、一見さんでは、口コミが広がらないのだ。
私には、隠れヒーロー思考があることに、薄々感じていたが、気づいた。
隠れながらも、実はやっているヒーローだ。人が見てないところでやるのが好きで、見てるところではやりたくないという天の邪鬼だ。誰も見てないから、逆にやりたくなる。誰もやってないから、逆にやりたくなる。
が、それは表舞台に立って、矢面に晒されるのが嫌な弱い心の現れだ。
表舞台大好きというか、経験値大好き思考の時もあった。何かと経験をしたがる。が、晒されるのは、好きじゃない。
これは、やはり元々の性格に付随するものなのだろう。
いつからか、自分のアイデンティテイを、他者から決めつけられるのが、嫌になった。人間は、もっと大きな存在なのだ。が、それは、どうなのだろうか。
が、相手にアイデンティティを決められないと、人間は、固定できないのかもしれない。小さく縮込んだアイデンティティも必要なのだろう。連続性という流れの中で生きているからだ。いや、認められたい裏返しなのだろう、、、。認められないと不安の予測を立てているのだろう。対策を打つ必要性が出てくる。
「あの人は、こういう人だ」という、顕在意識の脳の情報データのやり取りがある。が、ほんの一部分を切りとるという脳の仕組みなのだ。ただ、その方が、わかりやすいのだ。先入観もこれだろう。
それをされるのが、嫌なのだ。これも、被害妄想なのかもしれない。やはり、これもギャグなんだ。少し表舞台に出れる準備をしたいものだ。


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