親との思い出作り

最後に、親との思い出を作っとこうと、思った。あまり家に帰らなかったから、親孝行をしたかった。旅にも行った。
新手の荒手の親孝行だ。相手の悟りになった。親と子のカルマが解消できてよかった。だいぶ、綺麗な人になった。ありがとう。ごめんなさい。
やはり、親子では、組織行動は、難しいのだ。こだわらないことにした。むしろ、しなくていいような気もする。
親は、今までの「私」として見てくれるから、都合が良いのだ。中身が変わっていようが、同じ個体として、認識している。やりたいことや、任されたことが、やりやすい。ここまで、自由にさせてくれる親も少ない。だからこそ、このような状況になった。
親は、子供が幸せになってほしいだけなのである。親に対する教育、これは至難の技だ。やはり、第三者に依頼するのが、一番良い。普通は、できない。この多重人格じゃないと、お手上げだ。
とんでもない得たいの知れない奴にならないと、今まで作った固定観念の殻を破れない。だからこそ、輪廻転生があると信じている。「やっぱり嫌やもん笑」
私は、そろそろ親からおさらばする予定だ。万物が、教育をしてくれているからだ。普通に自分の幸せを追っていきたい。自分の親へが一番難しいからだ。私の親以外の、親子カウンセリングというのもある。一歩も引かないという気持ちが大切だ、クレーマーや、財布として見ると、失敗する。その恐怖が克服しきれない場合、潔く、子供だけを見るしかない。
親が、その気にならないと、意味がないからだ。たいてい、人間は頭が固くなるような社会で生きている。この人は、うちの子供にここまで純粋にやってくれているというものが伝わる。が、ほとんど、そんなうまくいかない。誰だって、自尊心が、相手から説教されたら、反発するのだ。相当、デリケートなのだ。だから、私はまだ、これをやるのは、後になるだろう。か
教育の現場で多く聞かれる声として、多くの親御さんと、生徒、セットで教育できればいいということだ。普通に考えれば、そうなのである。が、なかなか今の社会では難しい。先生という権威も、半ば失われたからだ。親のエゴが、子供に波及する。家庭で、スケープゴートが子供にはなっては、日本のためにならない。