愛の視点 うつ病

うつ病の人は、自分の代わりに、世の中の負のエネルギーを、吸い込んでくれていて、ごめんなさい。ありがとう。
と、そこまで思えるかどうかである。
誰だって、ストレスを溜めるのは嫌だ。誰かに、吐き出したい。吐き出された人は、普通にしていると重くなる。だからこそ、どうしたら、心の怒りを消化できるのかと、怒りセラピーというのも作った。これと併用したエネルギー想念法が大切なのだ。どうしても、人は自分だけは、損をしたくないと思う。だから、固くなる。あまり、気が乗らなくなる。惜しむ気持ちが強くなってしまう。
これをどうするか。
惜しむ気持ちも怒りなのである。
思う気持ちは、愛情である。
真実よりも、純粋に思ったことが、大切なのだ。
だからといって、その人自身が、逆上しているのが、逆流してるのが、良いというわけではない。周囲の人も本人も、徹底的に、「戦う」ことである。防衛することはできないとしても。まだまだ、人は諦めない心を持つことだ。
悟りを増進するためには、うつ病も、また慈悲である。そう思って良い。が、うつ病患者の作り方は、なくなってほしいと思う。やはり、人間には、良心があるから、自分で結果として良かったとしても、相手に辛い思いをさせたくないという気持ちもある。勿論、人によっては、どんどんうつ病が増えてほしいという人もいるかもしれない。が、私は、同じ効果であれば、どちらかと言えば、向上のパラダイムで、視点転移を、つまり他の人の意見や気持ちや立場に立って、考えるような世界を到来させたい。
正直な気持ちを吐き出す空間がなければ、人は鬱憤が溜まるようになっている。新情報は、実はいらないのである。
この事がわからないと、どんどん、想念を、新しく上乗せして、どんどん奥底にしまいこんで、いつか爆発する。そう、時限爆弾のようなものだ。その場合、新情報は、あまりいれず、吐き出すことが大切である。
人は、自分が痛くない状況だと、相手の事をなかなか見てあげれない。私も、順風な時は、そこそこの援助しかできなかった。自分の成功をより強固にしたいと思っていた。そして、逆風になれば、他人に援助したくても、できないのである。
つまり、順風な時に、いかにごめんね。ありがとう。の気持ちで居続けられるかである。
自分が気分が良いときほど、ごめんね。ありがとう、なのである。自分が好きなように生きて良いけど、周りの人も同じくらい好きに生きていいのである。


本当に辛いよね。どれだけ辛いか。ごめんね。