想念体の浄化 受験 統合失調症

想念体の浄化の仕方が、ずっと探求してるが、まだまだ研究が足りない。
「死にたい」という想念帯に溜まった場合、「生きたい」という想念を送れば良い。が、普通そんな沢山送れない。よりいいのは、何かしら少し上の努力をすることである。「生きたい」という文字をひたすら書くことである。より上位のやり方もある。多くの人の前で、白状することである。これが、より効果がある。
勇気と努力で、解消することができる。
そして、実は、想念帯というのは、別に達成しなくても良いという事に気が付いた。つまり、勝手に渦を巻いているのは、間違いないが、絶対達成しないといけないというものはない。この世に、絶対はないからだ。絶対はあると言っている人は、それでいい。それを認めないことが悪魔主義に通じるからだ。今世の課題というのも、絶対成し遂げないといけないというものはない。あくまで課題である。その事に気付くまでに、時間がかかった。


例えば、私は東大受験に途中挫折した経験がある。念を送りまくったから、どんどん渦をまいていた。
が、途中挫折したので、後悔の念が強かった。
大学生活や社会人生活でも、事あるごとに、顔を出す。
が、10年程度経って、やっとほぼ解消できた。だから、司法試験挫折の人も、同じだろう。70歳でも、司法試験受からなかった事を根に持っている人もいる。そんなもんである。
だが、人に正直に、挫折したことや、また挑戦したいといったことや、代わりにこんなことしたい、といった事を白状した時に、ふと心が軽くなった。だいたい、嫌だけど、勇気を持って、白状すると好転する。自分では心細いから、家庭教師をつけてほしいと、元同僚に白状したり。こんな挫折した経験があったと、伝えることである。その時は、にがにがしい気持ちもあるが、言うと、心スッキリする。思いっきりぶつかるのもいい。
何事も流転している、 だからこそ、人間は何度も楽しめるに違いない。後悔は、バネにすることが、できる。ただ、本人の中で、この挫折を、この挑戦に活かしたという理屈があっていれば、良いのかもしれない。どうしても、人は挫折したことを言っちゃいけないと思っているのかもしれない。私は、元生徒にも、言える。それぐらい人生は、どう生きても良いと伝えたいからだ。
最後に、人は想念を送った分だけ、自分の人生を決定づけている。だから、実は見方を変えれば、とても怖いものである。その未回収の想念が、人を苦しめる。
受験で統合失調症、というのも、その想念の法則が働いている。これは、あまり知られていない。 代替行為をするか、白状するか、再度ぶつかる、といったことで、渦を止めることが出来る。
私は、この半年間想念体の浄化を、何度もしてきた。おかげで、かなりクリーンになった。心が軽くなるのである。ごめんなさい。ありがとう。と伝えたい。