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ごめんなさいは言ったもん勝ち 感謝 やり方

「ごめんなさい」

この言葉は、とてもいいものだ。
心が軽くなる。
潜在意識が、クリーンになる。

ごめんなさいを頭に浮かべて、意識をなくすことができる。
潜在意識の奥深くまで、入るとシャットダウンする。その手前の意識だと、色々な記憶の光景を、瞑想で見ることができる。これを、人類の記憶の倉庫アカシックレコード、アラヤシキというのかもしれない。
そこをいかにキープするかは、訓練次第である。なかなか難易度が高くて、苦労してる。
瞑想の風景は、映画のようである。
仕事で、常に気を張ってると、顕在意識優位になって、どうしても疲れてしまう。だから、座禅や瞑想が、ビジネスマンに好かれた原因だろう。

話は変わって、ごめんなさいの理想的な使い方である。
人の去就に関して、「ごめんなさい」と言って、去るのが、日本人には理想的に写る。ただ、思いっきりぶつけるのもいいだろう。どちらもお互い様であるからだ。 思いっきりぶつかった場合は、奇跡的な融合か、木っ端微塵の分裂になる。だからこそ、そのリスクも考慮すると、「ごめんなさい」が、いいのである。これは、逃げの一手であるが、巧妙な一手でもある。霊界の法則に照らしても、ごめんなさいは、使えるのである。

誰でも、支配欲がある。だから、ペコペコする作戦は良い作戦だ。
ただ、ペコペコするというのは、自分の心に反している。だから、その反動が、どこかに出る。それを、どう解消するかは、「ごめんなさい、ありがとう」と唱えることだ。