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人生論 気付き 「人に貰ったものは、同じ人に返すのがいいのか」

「どんな時でも、どんな不幸でも、やり直しはできる。」
この言葉は、昔から少し気休めに感じた。
更に、こんな言葉もある。
「人に貰ったものは、同じ人に返すのがいいのか」
、、、

「地球から・社会から、貰ったものは、地球へ・社会へ返せば良い」
のである。

同じ人に返せないのかもしれない。それは、自分の弱さだったりする。「手遅れ」という表現もある。
でも、弱い自分もいていいのではないか。
克服できてない部分もあってこそ、
人間らしいのではないか。多くの事を克服した人はいても、完璧な人間はいない。
無神論の親父は、母に「生きる価値がない」と言っていたと、親父が死んだ後に母に聞いた。
子供には見せないけど、妻には見せていたのだろう。
では、それは、弱いのか。気を許してる愛とも言える。
私は、敢えてそれを気を許す愛とよびたい。
「逃げたものは、またくる。確かにすぐに向き合えれば良い。また逃げた。でも、いつか向き合える時が来るかもしれない」

話は戻るが、
「どんな時でも、どんな不幸でも、やり直しはできる。(生きていれば)」 この言葉を見てみたい。
他人から見ても、どん底の不幸のように見られる場合もあるだろう。
例えば、有名人の社長の本に、よくある。倒産、借金。
「その人は、精神力があったり、周りに助けてもらったり、したんでしょう」と思ってしまう。
そうではない。
どんな状況でも、生きて前に、進めれば、何かあるのである。
自分自身が、それでもなお、生きるのだ。少しずつするのだ。

どんな偉人に見える人も、99.999%の存在である。
その0.0001%を改善しようとする、または諦める。
他の人も 99.999%だったりする。
二人合わせても、0.0001%わからなかったりする。
色んな人が合わさって、作品ができる。
地球という大きな作品を作っているのは、全ての人でもある。