政治嫌い なぜだろう

政治が嫌いになったのはいつだろう。
10代の頃は、よく新聞を読んでいた。もし周囲に「書いて発表した方がいいよ」と言って徹底する人がいたら、そうしてたかもしれない。
まだ当時は、新聞に対する敬意みたいなものが社会にもあった。
新聞というのは、時事にあたるし、知識の養成にいいのだろう。好きなものを切り抜きもしていた。
一読して、文章で理解できないところがあったから、理解するのが勉強になった。次第に文章を理解できないというのはなくなっていった。
ある時から、新聞に書かれていることが、薄っぺらく感じた。そこから読まなくなった。あまり近くにそこまで政治・経済の話をする人がいなくなった。恐らく、自分が経済的下位の階層に入ったのもあるかもしれない。
それと、新聞よりネットや書籍や論文の方に移った。
あと、本当の真相は、内部の人しかわからないという理屈をつけていた。
10代の時は、結構無邪気に、良い政治になればなとか、良い政治ってなんだろうとか、この人はこういう意味であの人を牽制してるのかとか、「この人達も大変なんだ」と好意的に政治家を見てた。自分が知らない世界や自分よりも年上に対する敬意があった。
あと、周りの人が批判をするのをなぜか、この人は現場にいないのに、よく批判できるなと思っていた。周りの大人と、政治家だと、政治家を上に置いていた。言論って、そういうもんじゃないと後で気づいた。有識者と呼ばれる人の意見がどれもレベルが高く見えてた。自分の意見を押し殺してた。いつもなぜか纏める役割で見ようとしてた。
大人は、「新聞ぐらい読みなさい」と言っていた気がする。
何だろう。いつしか自分には関係がない世界、離れた。確かに読んでると、先が予想できたり、関連付けができてきたりする。多分読み方や使い方が安易だったんだろう。娯楽や消費の延長で使っていた。
発表する機会もないしと。
重要な活用の仕方は、それを今の自分にどう活かすかなんだと思う。
例えば、それを友達や家族や知人の話題に上げる。正解主義に毒された自分は、意見にも正解があるようで、あまり話題に上げられなかった。一人で考えてた。





政治嫌い
http://park.itc.u-tokyo.ac.jp/agc/news/44/fujiwara.html

政治嫌い