独立採算制の勧め と量の話

グループ企業でも、独立採算制を敷いてるのは何故だろうか。グループ企業で働いていた時期があるが、やはり独立採算制じゃなくなると、甘えが出るからだと思う。基本的に、不採算事業でも、採算はその会社内で取る。取らなくて良いとなると、どんどん尻窄みになる。
子供の時では、家計内でもお小遣い・お使い制度。お小遣いの中から遣り繰りする。
高校生からはアルバイト・お年玉・お小遣いで、やりくりしていく。欲しいものがあるなら、お使いかアルバイトをする。
貰いすぎは、エネルギーの悪因になる。
社会人からは、基本的に独立採算制で回す。カードはそこまで使う必要はない。カードはとても便利なものだが、カード地獄はきつい。
私はあまり言いたくはないが、去年ある時から、親の財産に手をつけるようになった。その時から、金銭感覚が麻痺しはじめた。一万円の価値がわからなくなった。「誰のお金や?」何度も警告されてる感覚になった。感謝も必要だが、やはり引け目に感じたりする。「この借りは、努力で返す」結果で返すがあるが、結果は見えてきてから言うもの。量の努力しかない。

有名な作家で、夢のために、ヒモになる人もいるが、やはり量の努力があるから、周りも認める。
私は、仕事で量から逃げる時期があった。途端に弱くなった。
中谷彰弘さんも同じような量への努力を書いていた。
量の努力と望みは比例する。
望みが大きい場合は、量をやるしかない。方法論ではカバーできないものがある。自分は、方法論でどうにかしようとするタイプだったが、量に勝るものはない。 量(10~100)×質(0.8~1.2)だと仮定する。
量を10できる人と、量を20できる人は全然違う。方法論も大事だが、1が、1.1ぐらいもの。