遺品 供養 捨てるか

遺品をどう扱えばいいか悩むことはないだろうか。故人のものを、どう扱うかという悩ましいテーマだ。

結論から言えば、意識体に聞いたところ、タイミングを見計らいながら、徐々に捨てていけば良いのだ。

急にすぐに捨てなくてもいいし、ずっと長く持たなくても良いのだ。これが、真相なのだ。私の親が、死んだときも、徐々に処分していった。
その人が興味を持っていたものに感謝して、捨てれば良いのだ。おたきあげという文化があるように、それなりに良い念で捨て去る事が必要なのだ。自分勝手に捨てるとカルマになるのだ。故人を楽しくさせていただき、ありがとうございました。と思いながら、捨て去れば良いのだ。

小池都政 圧勝

今回は、専門外の話。
小池都政が市民の声を代弁した選挙結果になった。自民党は、苦境に陥ることになった。やはり、専門外の事を書くと、ありきたりな文章になる。
選挙と感謝を繋げるのも一苦労するものである。いつまでも、小池都知事は、初心の市民の声を聴き続けていけるかどうかである。そこにかかっている。

欲と欲 欲望 葛藤

欲望というのは、適切に使うことも大切なのだ。
勿論、無欲というのを一度は手に入れると、大自由になるのだ。
欲望の虜にならずに済むからだ。
だが、通常人間は、欲と欲がぶつかり合うから、繋がりが、マッチングが生まれるのだ。
無欲同士だと、マッチングが生まれづらいのだ。
私は、聖人並みに無欲になった。そうすると、相手の欲が丸見えなのだ。
が、私は、欲へのアプローチも認めることにした。相手の欲にマッチするように、事を運ぶのだ。
だが、自分も欲の魔に負けないように、「主に確認をする」という動作を絶えずするのだ。
私も、まだまだ、欲が循環させるには、必要なのだ。欲さん、ごめんなさい。欲さん、ありがとう。
いつもお母さんを欲まみれにしてくれたおかげで、私は無欲になれたのだ。
有り難い。いや、有り難迷惑かもしれない。どちらでもいい自分を認めるのだ。ただ、やはり相手の欲求が、どこにあるか、焦点を定めるのだ。
誰にでもある倦怠欲に、きっちりアプローチするのだ。

感謝 税金を意識

年金の納付が遅れていた。
税金を意識する事。
紙を作らせたことにごめんなさい。
そこにも、税金が使われているのだ。
だから、ごめんなさいなのだ。
やはり、私情はどうあれ、当たり前の連絡や手続きに対して、しないのは、間違いなのだ。だから、ごめんなさいなのだ。 それが、自分を守るのだ。

人間観

人間は、魔に負けているし、勝っているのだ。良い面だけ見せようとする魔もある。
信頼度が高い共同体の構築には、どの人もそうなのだと、見せ合う社会なのだ。信不信信不信を、繰り返すのではなくて、どの人も、勝ったり負けたりしているのだ。神は、全てお見通しなのだ。指摘する方は、確かに大変なのだ。
「この人は、こういう風に自分を見せたいのだな」というのを、普通に指摘しても、受け入れないからだ。ごめんなさい。ありがとうございます。

目に見えない世界の共通箇所 区分け

目に見えない世界というのは、様々な区分けがされているのだ。
肉体、魂体、霊体。
肉体、心、魂。
肉体、エーテル体、、、。
肉体、霊魂、、、。
肉体、神仏、、、。
肉体、全知全能の神。
肉体、学問の神、、、。
肉体、想念体、、、。
肉体、心、精神、、。
肉体、精霊、、、。

が、実は、整理整頓できるのだ。
だが、なかなか全てを整理整頓するのは、難しいのだ。

課金blogになぜしないか

課金のblogに、どうしてしないのかというと、やはり課金blogにすると、「お金」にまつわる話に、集中してしまうのだ。
それは、お金を払っていただくと、その分のお金になるようなテーマにする必要が出てくるからだ。
例えば、節約方法や、人脈の構築方法や、仕事とプライベートの「生産的」な回し方等になってしまうのだ。
それは、私達が伝えたいもののごく一部分なのだ。
更に言えば、お金のことだけじゃなく、私は、普通に、皿洗いをする自分を認めることなのだ。
魂は、色々な経験をしたいからだ。その自分も愛するのだ。どんなモノにも、感謝するのだ。

あなたは、トイレがろくにできない状況に陥ったことは、ございますか?

トイレをするのも、感謝だ。トイレも、ままにできない状況を俺は、体験したので、トイレを出せる状況にも、たまには感謝したいところだ。
といいたいところだが、なかなか日常生活で、毎回感謝をするのは難しいと思っています。